半年間、リビングに置かれた二つの湯呑み
結婚して二十数年になります。夫は普段、とても穏やかな人なんです。私が風邪をひけば黙って薬局へ走ってくれるし、休みの日にはコーヒーを淹れてくれる。だからこそ、わからなくなるんです。一度何かで機嫌を損ねると、まるで別人のようになる。声のトーンがすうっと下がって、目を合わせなくなる。「おはよう」も返ってこない。
今回ももう、一ヶ月になります。きっかけは本当に些細なことでした。私はその日のうちに、せめて寝る前には「ごめんね」を言い合って、お互いに反省してまた明日からやり直したい。それだけなんです。けれど夫の沈黙は、こちらが折れて歩み寄らない限り、半年でも一年でも続きます。
大学生の娘が謝っても、夫は一度「許さない」と言うんです。もう一度謝りに来るのをじっと待っている。そういう人なんです。私はこの静まり返った家の空気が本当にしんどい。前に伝えたこともあるのに、また同じことの繰り返しで。私はどうしたらいいのでしょうか。
よりみちナビゲーターの対話
アキ:読んでて、胸がきゅっとなったよ。一ヶ月って……それ、ただの「ケンカ中」じゃないよね。家の中の空気がずっと薄い氷の上を歩いてる感じ。その日のうちに仲直りしたいっていうの、私はすごくわかる。寝る前に「ごめんね」が言えないまま朝が来るの、しんどいもん。
サキ:そうですね。湯呑みが二つ洗いかごに並んでいるのに、会話だけがないって生活の中ではいちばん堪えるんですよ。ご飯は作る、洗濯はする、でも声だけが通わない。その「日常が回ってしまう」ことの残酷さってありますよね。
アキ:だからさ、私はまず相談者さんの「その日のうちに仲直りしたい」って気持ちを、ちゃんと大事にしてほしいなって。それは正しい願いだよ。
サキ:……うん、そうですね。ただ、私は少し違って感じていて。ご本人の願いとご主人の「回復のリズム」が、たぶん根本から違うんだと思うんです。すぐに言葉を交わして整えたい人と、感情が鎮まるまで一度こもらないと言葉が出てこない人。これ、どちらが正しいという話ではなくて。
アキ:あ……それ、わかるかも。でもさ、サキさん。それを「リズムの違いだから仕方ない」で終わらせちゃうと、相談者さんがずっと折れ続けることになっちゃわない? 半年も一年も無視されて毎回こっちから歩み寄るって、それは「冷却期間」じゃなくて、力関係のかたよりだよ。
サキ:……はい。そこは私もそう思います。冷却期間というのは本来お互いが少し離れて、戻ってくる前提のものですよね。一方だけが必ず戻りに行くなら、それは冷却ではなくて、片方がいつも荷物を背負っている状態です。
アキ:そうそう。それに娘さんに「一回許さないって言ってもう一回謝りに来るのを待つ」って……。ごめん、私それ聞いてちょっと胸がざわっとした。それは仲直りの作法じゃなくて、上下を確認する儀式に見えちゃう。
サキ:その視点は大事ですね。ただ、ご主人を悪者にして終わらせたいわけでもなくて。きっとご主人なりに自分の感情の処理に時間がかかる不器用さがあって、それを「待つ」という形でしか表現できない。問題はその不器用さの代償を、いつもご相談者さんと娘さんが払っている、というところで──
シオン:──少しいいだろうか。お二人の言うことは、どちらも嘘ではない。すぐに言葉を交わしたい人がいて、沈黙の中でしか整えられない人がいる。それ自体、優劣ではないだろう。
ただ、私が気にかかるのは別のことだ。この方は「どう対応したらいいか」と問うておられる。けれどその問いの底には、もう何年も「いつも自分が折れて元に戻してきた」という静かな疲労が沈んでいるように思う。
問われるべきは「どうすれば早く仲直りできるか」ではなく、「自分がいつも歩み寄る側であり続けることに、自分自身は納得しているのか」ということではないだろうか。沈黙を破る作法を覚えることと、その作法を毎回自分だけが担うことは、別の話だ。
自分に問いかけるロードマップ
夫の沈黙を終わらせる方法を探す前に、少しだけ立ち止まってご自身に問いかけてみてください。
- これまで「歩み寄ってきた」のは本当に和解だったのか、それとも沈黙に耐えきれなかった私の方が先に音を上げてきただけなのか。
- 「その日のうちに仲直りしたい」という私の願いは、夫に届けたときどんな言葉で返ってきたか。あるいはまだきちんと「お願い」として渡せていないのか。
- 私がしんどいのは「ケンカした」ことではなく、「沈黙の長さとそれを終わらせる責任がいつも自分にあること」ではないか。
- 娘が同じ作法を強いられている姿を見たとき、私は何を感じたか。その感情は私自身の心の声かもしれない。
本日の羅針盤
今日の対話で、答えは一つにまとまりませんでした。それでいいのだと思います。
アキは「あなたの願いを大事に」と言い、サキは「二人のリズムの違いを見極めて」と言いました。けれど二人が共通して立ち止まったのは、「歩み寄りが、いつも一方通行になっている」という一点です。
夫のような「冷却型」の人がいることは確かです。すぐに言葉にできず、感情が静まるまで距離を取る人は決して珍しくありません。ですから「その日のうちに」を相手に求めることが、いつも叶うと限らないのも事実です。
けれど、それと「半年、一年の沈黙を毎回あなたが終わらせる」こととは、まったく別の問題です。冷却期間とは本来、「お互いが戻る前提」のもの。一方だけが必ず戻りに行く関係は冷却ではなく、力のかたよりです。
目指していただきたいのは「早く仲直りする技術」ではなく、沈黙の終わらせ方を二人で決め直すことかもしれません。たとえば機嫌の良いときに「今度すれ違ったとき、どちらからどう声をかけるか、二人のルールを作りたい」と提案してみる。喧嘩の最中ではなく、凪いだ海の上で交渉するのです。
そしてもし、この沈黙があなたの心身を削り続けているのなら――不眠や気分の落ち込みが続くようでしたら――夫婦カウンセリングやお住まいの自治体の家庭相談窓口など、第三者の場を頼ることもどうか「逃げ」でなく、「選択肢」として持っていてください。専門機関への相談も、あなたを守る一つの方法です。
二つの湯呑みが、また同じ温度のお茶やコーヒーで満たされる日が来ますように。けれどその日をあなた一人が淹れに行かなくてもいい関係を、これから少しずつ。




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