「完璧なコンディション」を待っているうちに、夜が明ける
私の頭の中はたぶん、タブを百個くらい開いたままのブラウザみたいになっています。閉じ方がわからない。
朝、コンビニのレジでお釣りを渡す店員さんの、ほんの少し疲れた声。電車で隣に座った人が、私のバッグをちらっと見た気がしたこと。SNSで見かけた、同期だった子の「キャリアアップしました」の投稿。全部が心のどこかに引っかかったまま、流れていかないんです。
普通の人なら、たぶん夜になれば忘れていることなんだと思います。でも私は布団に入ってから、先週上司に言われた「これ、前にも説明したよね?」って一言が、急に音量を上げて再生される。気がつけば午前三時で、窓の外がうっすら白んでいて、また眠れなかったと思う。
一番しんどいのは、こんな状態だから「まずコンディションを完璧にしてから」って思ってしまうことです。やる気が満タンで、頭がクリアな日をいつも待っているんです。でも現実にそんな日は来ないから、今日も「今は調子が悪いし」って言い訳して、スマホでゲームを開く。逃げた先でも全然楽しめなくて、ただ自己嫌悪だけが増えていく。
感受性は強いのに、それを処理する心の強さがまるで追いついていない。この感じ、どうにかできないものでしょうか。
よりみちナビゲーターの対話
アキ:あー……それ、めちゃくちゃわかるよ。タブ百個、ほんとそれ。私もね、SNS開いた瞬間に他人の「うまくいってます」が一気に流れ込んできて、自分のスマホなのに自分のものじゃないみたいになる感覚、あるんだ。だから、まず言いたいんだけどあなたのその感じ方、おかしくないからね。むしろ受信感度が高すぎるだけ。アンテナが壊れてるんじゃなくて、めちゃくちゃ高性能なの。
ケンゴ:その共感には同意する。ただ、一つ整理させてほしい。問題は「感受性が強いこと」じゃない。情報が入ってくる量に対して、出ていく仕組みがない。要するに在庫だけ積み上がって、出荷の動線が設計されていない倉庫のような状態だ。感度を下げる必要はない。捨てる手順を作ればいい。
アキ:ケンゴさんの言うこと、わかるよ。でも──いきなり「手順を作れ」って言われても、その手順を作る気力すらない日があるんだって。私が一番救われたのは整理する前に、「あー、今日は受信しすぎたな」って、ただ声に出して認めることだった。気持ちって先に認めてもらえないと、片付ける棚にも入ってくれないから。
サキ:そうですね。お二人の言うこと、どちらも本当だと思います。ただ、私は少し違う角度から感じていて──「完璧なコンディションを待つ」って、たぶん整える対象を間違えているんじゃないでしょうか。心を満タンにしてから動くんじゃなくて、たとえば干したばかりのタオルをたたむとか、お湯を沸かしてお茶を一杯いれるとか。手を先に動かすと、心があとからついてくることって生活の中に結構あるんです。
ケンゴ:それは現実的だ。やる気は行動の前提ではなく、結果として出てくるものだからな。
アキ:……ところで、ご本人の話に戻るけど。あなた、逃げた先のゲームで「大して集中できない」って書いてたよね。それってさ、本当は逃げきれてもいないんだよね。心のどこかでちゃんとやるべきことを覚えてる。それってダメさじゃなくて、誠実さだと思うんだ。
シオン:それぞれの言葉は、どれも嘘ではないだろう。ひとつだけ。──溜め込む、と彼女は言うが、川は水を溜め込まないから濁らないのではない。流れているから澄むのだ。問題は容量ではなく、出口の有無なのかもしれない。
自分に問いかけるロードマップ
「完璧な状態」を待っているとき、本当は何を恐れているのだろう。失敗そのものか、それとも「ちゃんとできない自分」を見ることか。
頭の中で再生される「先週の一言」は、誰の声だろう。その人は今、本当にそれを覚えているだろうか。
逃げた先で集中できないのは、心のどこかが「本当はやりたい」と言っているサインではないか。
本日の羅針盤
アキは「まず、受信しすぎた自分を責めないこと」を。
ケンゴは「感度はそのままに、捨てる手順を作ること」を。
サキは「心を整えてから動くのではなく、手を動かして心を連れてくること」を。
三人の声は一本にまとまりませんでした。けれど、それでいいのだと思います。
今夜のあなたにとって、どの言葉が一番体温に近いか。それを選ぶのは、あなた自身です。たった一つもし試せるなら──頭の中のタブを寝る前に紙に一行ずつ書き出して、ブラウザを閉じるように一枚閉じてみる。整理ではなく、ただ「外に出す」だけで十分です。
なお、不眠が日常的に続き、体調を崩すほどの疲弊が長期化している場合は、それはあなたの心の強さの問題ではありません。心療内科や専門のカウンセリングなど、専門機関への相談もどうかご検討ください。声に出して話すこと自体が、立派な「出口」になります。






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