HSP・繊細さんのための心のデトックス|頭のモヤモヤを外に出す3つの方法

「整える」の呪いを、ほどいていく

第一章のあと私は試しに、寝る前にスマホのメモアプリではなく、ダイニングに置きっぱなしのチラシの裏に、頭の中のタブを書き出してみました。

「上司の『前にも説明したよね』」「同期の昇進ツイート」「明日の資料、まだ手をつけてない」「洗剤切れてる」。並べてみると、半分くらいは命に関わるようなことじゃなかった。でも、書いている途中で手が止まったんです。「明日の資料」のところで。これだけは紙に書いても、消えてくれない。

ああ、私が本当に恐れているのは店員さんの声でもSNSでもなくて、これなんだと、初めて少し見えた気がしました。

よりみちナビゲーターの対話

アキ:おお、紙に書いてみたんだね。えらい。しかもさ、ちゃんと気づいたじゃん。「資料のところで手が止まった」って。それ、めちゃくちゃ大きい発見だよ。あなたを夜中に起こしてたのは、百個のタブ全部じゃなくて、その中のたった一個だったんだ。

ケンゴ:その通りだ。構造の話に戻る。残りの九十九個は、実は「資料への不安」を見ないための目隠しだった可能性が高い。人は本命の不安が大きすぎるとき、わざと周辺の小さなノイズ──失礼、小さな雑事に注意を分散させて、本丸から目をそらす。彼女が「すべてに過剰反応する」と感じていたのは感度の問題というより、回避の構造だったのかもしれない。

アキ:ケンゴさんのそれ、鋭いんだけど──ちょっと待って。「本当は資料から逃げてるだけ」って言い方になると、また自分を責める方向に行っちゃう気がするんだよね。あのね、九十九個のタブもちゃんと本人にとっては痛かったの。目隠しだったとしても、その目隠しが必要なくらい本丸が怖かったってことなんだから。

ケンゴ:……それはその通りだな。回避を「サボり」と片付けるつもりはない。むしろ、回避が起きるほど大きな不安に独りで向き合ってきたということだ。撤回はしないが、言い方の温度はアキに合わせよう。

サキ:そうですね。私ここで一つだけ、生活の側から言わせてください。「資料に手をつけてない」って、たぶん彼女の頭の中では「完成された完璧な資料を作らなきゃ」という重さになってると思うんです。でも、本当に必要なのは最初の一行を書くことだけ。お味噌汁だって出汁を完璧に取ろうとすると一生作れませんけど、お湯にお味噌を溶くだけなら三分です。それでもちゃんと、一品になる。

アキ:あー、それいい。「完璧なやる気を待つ」んじゃなくて、「三分のお味噌汁でいい」って思えたらだいぶ楽になるよね。ねえ、ご本人に聞きたいんだけど──その資料、もし「最低限これだけ出せば怒られない」っていうラインがあるとしたら、それってどのくらい? たぶん、あなたが頭の中で想像してる「完璧」の三割くらいじゃない?

シオン:人はまだ書いていない一行を、すでに失敗したかのように恐れることがある。けれど白紙は、まだ何も裏切っていない。彼女が夜ごと再生していたのは過去の声だったが、本当に立ち止まっていたのはまだ訪れていない未来ではなかったろうか。──過去でも未来でもなく、そこに紙とペンがある。それだけが確かなことだ。

自分に問いかけるロードマップ

百個のタブの中で、本当に手が止まった「たった一個」は何だったか。それ以外はその一個を見ないための、雑音だったのではないか。

私が思い描く「完璧な資料」は、誰が要求しているものだろう。上司か、それとも私の頭の中だけにいる審査員か。

「最低限、これだけ出せば及第点」というラインをもし数字にするなら、何割だろう。たとえば三割として、その一行を今日書けるだろうか。

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