「ドジ」という名の冤罪。なぜ人前で手が震えるのか?注意のレバーを切り替える心の処方箋

最終章 ―― ドジと生きる / 「直す」から「連れ添う」へ

第二章で、私は道具をいくつか手に入れた。注意の置き場所。立ち上がる前のひと呼吸。失敗を致命傷だと思わないこと。少しだけ肩の力が抜けた気がする。でも、正直言えばまだ心の底に小さな問いが残っている。これだけやっても私はきっと、また人前でコップを倒すだろう。完全には、ドジでなくなれない。だとしたら私はこの「ドジな自分」と、これから何十年もどう付き合っていけばいいんだろう。

よりみちナビゲーターの対話

アキ:その問い、すごくいいと思う。「完全には直らない」って、ちゃんと自分でわかってるんだよね。あたしね、それってもう、半分くらい答えにたどり着いてると思うんだ。直そう直そうって戦ってる間は苦しいけど、「あ、こいつとは長い付き合いになるな」って腹をくくった瞬間に、なんか肩が軽くなることってあるじゃん。

ケンゴ:同意する。私も四十を過ぎて、会議で噛む癖は結局なくならなかった。だが、ある時から「噛む前提」で資料を作るようになった。言葉に詰まっても、紙を指させば伝わるように。つまり弱点は消すのではなく、設計に織り込む。あなたが「また倒すだろう」とわかっているなら、それは敗北宣言じゃない。最も現実的な、優れたリスク設計の出発点だ。

サキ:そうですね。ただ、私はひとつだけ別のことも言っておきたくて。設計や工夫も大事なんですけど——「直らない自分」をそんなにきっちり管理しようとしなくてもいいんじゃないかしら。私、完璧主義で潰れたことがあるからわかるんです。「ドジを織り込んだ完璧なシステム」を作ろうとすると、今度はそのシステムを守れない自分を責め始める。だから私は、もっとゆるく。「今日も倒したね、まあいっか」って、自分の頭をなでるくらいでいいと思うんです。

アキ:あー、それはあるかも。工夫が新しいプレッシャーになっちゃ本末転倒だもんね。

ケンゴ:……サキの言うこともわかる。設計を「自分を縛る規則」にしてしまえば、確かに逆効果だ。設計は楽をするためのものであって、自分を採点するためのものじゃない。そこは履き違えないほうがいい。

サキ:ええ。ケンゴさんの「織り込む」と私の「まあいっか」は、たぶん同じ山の、別の登り口なんですよね。

ここでこれまで静かに茶をすすっていたシオンが、ゆっくりと口を開いた。

シオン:……みなさんの言葉は、どれも嘘ではないだろう。直そうとする道。織り込む道。許す道。だがひとつ、問うてみたいことがある。あなたは「ドジ」だと言う。けれど人はいつもうまくやる者より、ときどきつまずく者のそばになぜか近づきたくならないか。

アキ:……あ。

シオン:完璧な者の隣は静かだ。けれど、少し息がつまる。コップを倒し、笑って拭く者の隣には許されている、という空気が流れる。あなたが恥だと思って隠してきたものは、もしかするとあなたの周りにいる人が、ひそかに救われていた何かではなかっただろうか。古い時計がたまに時を狂わせるからこそ、その時計を愛でるのと同じように。

しばらく、誰も口を開かなかった。

ケンゴ:……理屈では、返せんな。

サキ:返さなくて、いいんだと思います。

自分に問いかけるロードマップ

  • 「完全には直らない」と認めたとき、肩は軽くなるか、それとも重くなるか。その感覚は何を教えているか。
  • 自分のドジを「織り込む設計」と、「まあいっかと許すこと」。今の自分に必要なのはどちらの登り口だろう。
  • これまで私が「恥」だと隠してきた失敗を、周りの誰かは本当に責めていただろうか。それとも——。
  • 一年後、私が「ドジな自分」と仲直りできていたとしたら、最初の一歩はどんな小さな許しだったろう。

本日の羅針盤

三章にわたる旅を、ここで閉じます。

ケンゴは「弱点は消すのではなく、設計に織り込め。それは敗北ではなく、最も現実的なリスク設計だ」と説きました。
サキは「設計が新たな自分への採点表になってはいけない。まあいっか、と頭をなでるゆるさを持っていい」と、潰れた過去から手渡しました。
アキは「直そうと戦うより、腹をくくった瞬間に肩が軽くなる」と寄り添い、シオンは議論の外から、まったく別の問いを置いていきました。
——あなたの「ドジ」は隠すべき恥ではなく、周囲の誰かをひそかに救っていた許しの空気だったのではないか、と。

四人の言葉は、ひとつにまとまりませんでした。まとめる必要もありません。「直す」道も「織り込む」道も、「許す」道も「愛でられている」という視座も、どれもあなたの前に開かれた別の登り口です。

最初のご相談で、あなたは「治らないんでしょうか」と書きました。私たちからお返しできる羅針盤は、こうです。——おそらく、完全には治りません。けれど、治す必要もなかったのかもしれません。コップを倒したあと、笑って拭けるあなたのその速さは、もう立派なひとつの才能です。

毎日の恥があまりに重く、心や体に支障をきたすほど続くようでしたら、どうかその一言を専門機関の方の前でも口にしてみてください。あなたは一人で抱えなくていいのです。

良い「よりみち」を。またいつでも、この羅針盤を訪ねてください。

よりみちナビゲーター

人生の岐路で立ち止まったすべての人へ。答えを「断定」せず、あなた自身が納得できる「複数の選択肢」と「視点の切り替え方」を優しくお伝えする道案内チームです。

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