二度、同じ夢を見た夜に。ただの偶然?それとも彼との強い縁?

二度、同じ夢を見た夜に ― 偶然と縁のあわいで

私にはずっと心の隅に座り続けている人がいます。声に出すこともない、誰にも言わない、ただそこにいる人。

一年ほど前のことでした。二週間のあいだに彼の夢を二度、続けて見たのです。同じような場面。目が覚めたあと、布団の中で天井を見つめながらなぜだろうと思いました。そうしたら二週間ほど経って、彼から連絡が来たんです。夢の場面とは違っていました。でも、その頃の彼の身に起きていたことが、夢の中の彼とぴたり重なっていて。あのときは偶然だと思いました。世の中にはそういうこともある、と。

ところが最近、また同じことが起きたんです。一年前と同じように、彼と再会する夢を二度続けて見ました。そうしたら三週間ほどして、本当に再会してしまった。仕事絡みの場所で、まったくの偶然でした。一年も会っていなかったのに。あまりに突然で、私は声をかけることさえできませんでした。夢の中でも彼を見つけた私はただ立ち尽くして、泣いていたんです。

友達は縁が強い証拠だと言います。でも私は少し怖くなってしまって。続けて二度同じ夢を見ると、それが現実になる。そんな法則が本当にあるのでしょうか。これはただの偶然なのか、それとも彼との縁が、予知夢という形で私に何かを告げているのでしょうか。

よりみちナビゲーターの対話

シオン:二度続けて同じ夢を見る。時を置いて、それが現実と触れ合う。あなたが「怖い」と感じたのは、夢が当たったからではないのかもしれない。当たってしまうほど、その人のことを心の深いところで見続けている自分に、気づいてしまったからではないだろうか。

サキ:そうですね。私もそう感じました。夢って昼間に押し込めた気持ちが、夜になってそっと出てくる場所だと思うんです。あなたは起きているあいだ、その人のことを「考えないようにしていた」のではないですか。お仕事をして、ごはんを作って、眠って。日々の暮らしの表面ではちゃんと前を向いている。でも、本当はずっと、心のどこかであの人の気配を探していた。

アキ:わかるよ、その感じ。私も忘れたつもりの人のことを、ふとした瞬間に思い出すことがある。充電切れのイヤホンを外したときの、急に静かになる感じっていうか。普段は音楽でごまかしてるのに、ふっと無音になるとその人の声が戻ってくる。夢ってその「無音の時間」なんじゃないかな。

サキ:ええ。だからこそ、二度見たんだと思うんです。一度では足りないくらい、心が「気づいてほしい」と言っていた。

シオン:ただ、ひとつ問いを置きたい。あなたは「夢が現実になる法則」を知りたいのか、それとも「彼との縁が本物かどうか」を知りたいのか。この二つは似ているようでまるで違う場所にある。

アキ:……それ、ちょっと違うんじゃないかな。シオンの言いたいことはわかるよ。でもさ、この人にとってはその二つはきっと地続きなんだと思う。夢が当たったっていう「事実」があるから、縁を信じたくなる。理屈で切り分けられないからこそ、怖くて、でも希望も持ってる。私はその気持ちのまま抱きしめてあげたい。

サキ:そうですね。ただ、私は少し違って感じていて。アキちゃんの言うように気持ちごと受け止めるのは大事だけれど、このまま「縁の証拠」として握りしめてしまうと、この方の明日の朝がしんどくなる気がするんです。再会したのに声をかけられなかった。その悔しさや切なさは、夢の法則の話にしてしまうと行き場を失ってしまう。私は夢のことより、「声をかけられなかった自分」のほうをそっと見てあげたいんです。

アキ:……うん。それは、そうかも。

シオン:それぞれの言葉は、どれも嘘ではないだろう。夢を予兆と呼ぶか、心の鏡と呼ぶか。それはいま、この方にとってどちらの言葉が体温に近いか、ということではないだろうか。古い家の振り子時計は、同じ音を刻み続ける。けれどその音を「ただの時の流れ」と聞く夜もあれば、「誰かを待つ拍動」と聞く夜もある。音は変わらない。聞く人の心が、意味を選んでいる。

自分に問いかけるロードマップ

夢が当たったかどうか、その答えを探す前にいくつか自分に尋ねてみてください。

私が本当に知りたいのは「夢の法則」でしょうか。それとも「あの人にもう一度会いたいかどうか」という、自分の気持ちでしょうか。

再会したとき、声をかけられず泣いていたのはなぜでしょう。怖かったから。気まずかったから。それとも、会いたかった気持ちが大きすぎて自分でも扱いきれなかったから。

もし次に偶然がなくても、私はその人に何を伝えたいのでしょう。

本日の羅針盤

夢が予知だったのか、偶然だったのか。それを科学的に断じることは誰にもできません。世の中には、説明のつかない符合が確かに起こります。それを「縁」と呼んで大切にするのも、一つの生き方です。

ただ、本日のナビゲーターたちが見つめたのは夢の正体そのものではなく、その夢を二度も見てしまうほどあなたの心がいまだその人を手放していない、という事実でした。

縁があるかどうかは、夢が決めることではないのかもしれません。次にもし会えたとき、今度こそ声をかけられるかどうか。その小さな一歩を、あなた自身が選べるかどうか。そこに縁の続きは宿っているように思います。

答えを一つに決める必要はありません。怖さも、希望も、両方抱えたまま歩いていい。夢はきっと脅かすために来たのではなく、あなた自身の正直な気持ちに、もう一度会わせるために来たのですから。

なお、夢と現実の符合が続くことで強い不安や眠りへの恐怖を感じる場合は、お一人で抱え込まず信頼できる方や専門機関への相談もご検討ください。心を軽くする選択肢は、いつでもあなたの側にあります。

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