二度、同じ夢を見た夜に。ただの偶然?それとも彼との強い縁?

第三章 ― 待つことから、選ぶことへ

二度という数の「あいだ」に、私はずっと立っている。そう言われて妙に腑に落ちました。信じきれず、捨てきれない。確かにこの一年、私はその場所から一歩も動いていなかったのかもしれません。

そしてもうひとつ、気づいたことがあります。私は夢が来るのを待っていたんです。彼のことを思い出す役目を夢に預けて、自分では何もしないでいた。夢が来れば「ああ、まだ縁があるんだ」と安心して、夢が来なければそれはそれで普段の生活に戻れる。そうやって、ずっと自分の手を汚さずにいたんだと思います。

よりみちナビゲーターの対話

アキ:今の言葉、すごく正直だと思う。「自分の手を汚さずにいた」って、なかなか言えないよ。私なんていつも誰かのせいにしちゃうもん。タイミングが悪かったとか、向こうも忙しそうだったとか。

サキ:ええ。私もそう思いました。夢に役目を預けていたと自分で気づけた。それはもう半分、その場所から足が動き始めている証拠だと思うんです。

シオン:人は待っているあいだは傷つかない。待つというのは、安全な場所なのだ。動けば断られるかもしれない。無視されるかもしれない。けれど待つかぎり、その痛みは訪れない。あなたが夢に役目を預けていたのはずるさではなく、自分を守る知恵だったのだろう。

アキ:そうそう。だから自分を責めなくていいんだよ。……でもさ、ここからが本題だと思うんだよね。守るための「待つ」は、もう十分やったんじゃないかな。一年やった。二回も夢を見た。再会もした。これだけ材料がそろっててまだ待つ? って、私は思っちゃう。

ケンゴ:少し、いいだろうか。

サキ:あ、ケンゴさん。

ケンゴ:これまでの三人の話を、後ろで聞いていた。心の機微については、私が口を挟む隙もないほどよく語られていると思う。だがひとつだけ、現実的な構造の話をさせてほしい。アキが「動こう」と言う。それは正しい。だが「動く」とは、具体的に何をすることなのか。そこが曖昧なまま「動こう」と言うと、この方はまた立ち尽くすことになる。

アキ:……それは。連絡を取るとか、次に会ったときに声をかけるとか。

ケンゴ:そうだ。ならばその一歩を、どこまで小さくできるかを設計したほうがいい。いきなり「気持ちを伝える」では、ハードルが高すぎて足がすくむ。たとえば再会した場所が仕事絡みなら、次に会う機会は予測できるかもしれない。そのとき「お久しぶりです」と一言だけ言う。それだけを目標にする。気持ちを伝えるかどうかはその先の話だ。階段は、一段ずつしか上れない。

アキ:……ケンゴさんの言うこと、わかるよ。でも、ちょっと冷たくない? この人まだ「会いたい」って自分の気持ちにOKを出せたばっかりなんだよ。そこにいきなり「設計」とか「目標」とか持ち込むと、気持ちが事務作業みたいになっちゃう気がする。

ケンゴ:それも一理ある。ただ、私の経験では気持ちだけで動こうとした人ほど、動けずに終わる。革靴の底がすり減るほど同じ道を歩いても、行き先を決めなければただ疲れるだけだ。設計は気持ちを冷ますためのものではない。気持ちを現実に届かせるための器なのだ。

サキ:そうですね。私はどちらも本当だと思います。ケンゴさんの「小さな一歩の設計」は、立ち尽くさないための優しさでもある。でもアキちゃんの「事務作業にしたくない」という気持ちもすごく大事。だから私は、こう思うんです。設計はする。でも、その一歩を踏み出す日は自分の心が「今日なら言える」と思えた日にする。器は用意して、注ぐ日は心に任せる。

シオン:器を用意し、満ちる日を待つ。それはただ漫然と待つこととはまるで違う。待つことから、選ぶことへ。あなたが立っていた「あいだ」の場所は、変わらないかもしれない。けれど同じ場所に「待つ人」として立つのか、「選ぶ人」として立つのか。その心持ちひとつで、見える景色は変わるのではないだろうか。

自分に問いかけるロードマップ

第三章では、「動く」を具体的な大きさにほどいてみます。

私にとってのいちばん小さな一歩は何でしょうか。気持ちを全部伝えることではなく、「お久しぶりです」の一言かもしれません。その一言なら、言える気がしますか。

その小さな一歩を踏み出すとして、私は「いつ」やると決められるでしょうか。日付ではなく、「次に会えたとき」でもいい。器を先に用意しておけるでしょうか。

もし一歩を踏み出して彼の反応が思ったものと違っても、私は自分を許せるでしょうか。動いた自分を立ち尽くした自分より、少しは好きになれるでしょうか。

本日の羅針盤

待つことは、弱さではありません。それは傷つかないための知恵であり、自分を守る賢明さでした。
あなたはこの一年、その知恵で自分を守ってきた。それは誇っていいことです。

けれど本日の対話が照らし出したのは、「待つ」と「選ぶ」は同じ場所に立っていても、まるで違うということです。
ケンゴは、気持ちを現実に届かせる器を用意せよと言いました。
アキは、その気持ちを事務にするなと釘を刺しました。
サキは、器は用意して注ぐ日は心に任せればいいと、二人を結びました。
シオンは待つ人から選ぶ人へ、心持ちが変われば景色も変わると告げました。

どの言葉を手に取るかは、あなた次第です。明日すぐに動かなくてもいい。けれどもう、夢に役目を預けるのはやめて、「次に会えたらこの一言だけは言う」小さな器をひとつ、心の中に置いてみてください。

夢が当たるかどうかは問題ではありません。問題は次に彼と目が合ったとき、立ち尽くす自分でいるか一歩を選ぶ自分でいるか。その選択だけが、今のあなたの手の中にあります。

そしてもし、思いを巡らせるうちに眠れない夜が続いたり、気持ちの整理が一人ではつらくなったときは、信頼できる人や専門機関に言葉を預けることも立派な一歩です。

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