「寄り添う」って何だろう?電気毛布のスイッチから考える支援と孤独の向き合い方

第三章 なくせない苦しみと、なくせる孤立

木下さんは四月の初め、亡くなりました。最後の一週間は入院していて、私は届ける先を一軒減らしました。息子さんが名古屋から来ていて、病室で「畑の話ばかりするんですよ」と笑っていました。私はあの三和土で聞いた「夜が怖いんだ」を、誰にも渡さないまま持っています。渡す場所がなかったのか、渡さなかったのか、自分でもわかりません。

よりみちナビゲーターの対話

サキ:「畑の話ばかりする」と息子さんが言った、そこですよね。この方が二か月かけて聞いた話が、病室まで続いていたということです。誰が始めた話か、息子さんは知らないままでしょう。それでいいんだと思います。

アキ:私はね、「誰にも渡さないまま持っています」っていう一行が引っかかった。持ってるの、重いよね。ボランティアって、終わったあとに報告する場所がない場合が多いし。この重さを一人で抱えるのは、それ自体がしんどいことだと思う。

ケンゴ:私はそこを、制度の話として受け取る。支援者が受け取った言葉を戻す場がないというのは個人の弱さではなく、体制の欠落だ。社会福祉協議会の登録ボランティアであれば、担当職員への振り返りの機会を求めていい。それは権利であり、次に同じ夜を迎える誰かのための引き継ぎでもある。

サキ:ケンゴさんの言う場が必要だという点に、私も異論はありません。ただ、その場が整うまで、この方が「渡せなかった」ことを自分の落ち度として抱えないでいてほしいです。あの夕方に伝える先を探すには、あなたはあまりに一人でした。

シオン:あなたは渡さなかったのではなく、預かったのだ。木下さんの怖さは、最後までなくならなかった。痛みは薬で薄くなり、眠りが戻ることがあったかもしれない。けれど夜の暗さそのものは、誰にも取り除けない。

シオン:それでもその暗さの中で、木下さんは一人ではなかった。玄関に軽トラックの音がして、保温箱の蓋が開く音がして、畑の話をする相手がいた。苦しみを消せなかったことと孤立させなかったことは、まったく別の帳簿に書かれる。あなたが守ったのは後者だ。

アキ:それ、逃げの慰めじゃないよね。だって木下さんは自分の怖さを口に出せたし、人生の問いも口に出せた。出す相手がいたっていうのは、事実として起きたことだから。

ケンゴ:同意する。付け加えるならあなたが今後できる最も具体的なことは、「夜が怖い」という言葉を聞いたときの流し方を決めておくことだ。誰に、どの言い方で、いつまでに伝えるか。それを紙に一行書いておく。感情を制度に翻訳する作業が、次の人を助ける。

シオン:そしてもうひとつ。あなたが帰りの軽トラでハンドルを握り直したこと、その数秒を無駄だったと片づけないでいただきたい。人の最期に近づく仕事をする者は、揺れることでしか相手の重さを測れないのだから。

自分に問いかけるロードマップ

  • 私は「苦しみをなくせなかった」ことを、自分の失敗として記録していないか。
  • 受け取った言葉を戻せる相手を、私は一人でも持っているか。持っていなければ、誰に頼めばつくれるか。
  • 次に「怖い」と言われたとき、私が今日から決めておける手順は何か。
  • 相手の尊厳を守るという言葉を、痛み、眠り、清潔、家族との時間という具体に分けて言い直せるか。

本日の羅針盤

スピリチュアル・ペインは、消えないことがある。そこから出発するほうが、支援は正直になります。消せるものを消し、整えられるものを整え、それでも残るものの前には答えを持たずに座る。順番はこれで足ります。

「寄り添う」という言葉は、袋のままでは何も動かしません。開けて中身を並べ、医療に渡せるものは渡し、今夜の手当てとして自分が触れられるものには手を伸ばす。そのうえで、最後に残る暗さについては、言葉を用意しない。

あなたが持っている「夜が怖いんだ」という一言は、どこにも報告されていない記録です。しかしそれは、木下さんが一人でなかったことの証明でもあります。苦しみをなくす力を私たちは持っていません。孤立させない力は、玄関を開けるだけの人にも与えられています。

木下さんの爪に残っていた土は、もう乾いたでしょう。それを覚えている人がこの町に一人いたという事実の重さについては、私はまだ言葉を持ちません。

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