エピローグ 夜が怖いのは、私だった
六月初め、木下さんの家がある集落に、また配達で入りました。空き家になった玄関の三和土は開いていて、息子さんが片づけに来ているようでした。灯油ストーブはもうありません。畑は草が伸びはじめていて、誰の手も入っていないのが遠目でわかりました。
その夜、私は自宅で目を覚ましました。二時を少し過ぎた頃です。雨は上がっていて、側溝の水音だけがしています。腰が鈍く痛んで、天井を見ていました。台所の電球のひもがどこにあるか思い出せなくて、しばらく手だけ動かしていました。
そのとき、頭のなかで木下さんの声がしました。「夜が怖いんだ」。
私は布団の上で座り直しました。あの言葉は、木下さんのものとばかり思っていました。私が受け取って、渡せずに持っている預かりものだと思っていました。
違いました。私はあの言葉に、自分の声を重ねて聞いていたのです。だから動けなかった。だから帰りの軽トラでハンドルを握り直した。相手の怖さに触れて揺れたのではなく、自分の怖さに触れて揺れていたのです。六十四歳、一人暮らし、腰は治りません。息子は正月に電話をくれます。この家で夜に何かあっても、朝まで誰も来ません。私はそれを、二十年前から知らないふりをして生きていました。
七月の傾聴ボランティアの日、施設で九十歳の女性と向かい合いました。その方が「夜が長くてね」と言いました。私は少し黙って、それから言いました。「私も夜は長いです」。その方は驚いた顔をして、それから笑いました。「あんた、そんなこと言う人だったのかい」。その日、それまでの半年で一番よく話をしました。畑ではなく、着物の話でした。
よりみちナビゲーターの対話
シオン:あなたは半年かけて、遠回りをしてご自分のところへ帰ってこられた。木下さんの言葉を預かったつもりで持ち歩き、ある夜、それが自分の荷物だったことに気づかれた。これは発見というより、返却に近いことのように思われる。
サキ:台所の電球のひもが思い出せなくて、手だけ動かしていた。その数秒がすべてだと思うんですよね。夜の怖さって、大きな問いの形では来ないんです。ひもの位置がわからない、それだけで来ます。木下さんの「夜が怖いんだ」も、きっと同じ大きさだったんでしょうね。
アキ:私が一番うれしかったのは「私も、夜は長いです」って言えたところ。半年前のこの人は、絶対に言えなかったよね。支援する側は弱さを見せちゃいけないって、どこかで思い込んでたと思う。それを外した瞬間に、相手が笑って、着物の話が出てきた。順番が逆だったんだよ。聞ける人になってから寄り添うんじゃなくて、自分の夜を認めた人だから、相手の夜に触れられた。
ケンゴ:私はそこに、ひとつ線を引かせてほしい。アキの言うことは分かる。あの一言が扉を開けたのは事実だろう。ただ、自分の怖さを相手に重ねることには危うさもある。相手の夜と自分の夜は別物だ。重ねすぎればこちらの不安を相手に処理させることになる。支援の場を自分の慰めに使ってしまう人を、私は何人も見てきた。
アキ:うん、ケンゴさんの心配は分かるよ。私も泣きに行く場所にしちゃう人、見たことある。でもさ、この人は「私の夜のほうが長い」とは言ってないんだよね。「私も」で止めてる。そこから先は相手の話を聞いてる。一言だけ差し出してあとは引くって、けっこう技術だと思う。
ケンゴ:たしかに、そこで止めた点は評価すべきだ。私が警戒しているのはその一言を、「効く方法」として繰り返すことだ。それは半年ぶんの重さがあったから届いた。手法として使い回せば、たちまち空になる。
サキ:ケンゴさんの言うとおりですね。技ではなく、あの夜に本当に思い出せなかった電球のひもが裏についているから、届いたんだと思います。
アキ:ところで、半年前のこの人は「情けない」って自分を責めてたんだよね。今は同じ出来事の同じ場面が、別の意味で見えてる。それって、木下さんが置いていったものだと思う。
シオン:木下さんは、二度あなたに扉を開いた。怖さと、問い。私はそのとき、通じるものがあったのだろうと申し上げた。いまは少し言い方を変えたいと思う。あの人は、あなたの中に同じ夜に住む者を見つけたのかもしれない。だから話したのだろう。支援する者と支援される者ではなく、同じ暗さを知っている二人が、玄関の三和土で数分だけ会っていた。
シオン:スピリチュアル・ペインという言葉には、支える側と苦しむ側の境目があらかじめ引かれている。けれどその線は、本当はそんなに硬くない。
あなたは半年かけて、自分がその線のどちら側にもいることを知った。ここから先、あなたは「なくせない苦しみ」を扱う人ではなく、「同じものを抱えたまま歩く人」になる。それは技術の向上ではないが、たぶん、後戻りのしない変化だ。
自分に問いかけるロードマップ
- 私が誰かの言葉に強く揺れたとき、揺れているのは相手の何なのか、私の何なのか。
- 支援する側は弱さを見せてはいけないという決まりを、私はどこで身につけたのか。
- 「私も」と差し出したあと、私はきちんと引けているか。続きを話しているのが、私になっていないか。
- 私自身の夜について、話せる相手が一人でもいるか。いないなら、誰なら聞いてくれそうか。
- 木下さんに渡せなかった一言を、私はこれから誰に渡すか。
本日の羅針盤
一筋の光は、答えが見つかったところにはありませんでした。「夜が怖いんだ」という言葉の出どころが、相手ではなく自分だったと知ったところにあります。
支える側と支えられる側という線を引いたままでは、苦しみは相手の所有物になります。線が薄くなると、苦しみは共有物になります。共有されたものは消えはしませんが、重さが分かれます。「苦しみをなくす」ことができなくても「孤立させない」ことはできるとあなたは書いておられた。その孤立とは、相手のものだけではなかったのです。
九十歳の女性が「あんた、そんなこと言う人だったのかい」と笑ったこと。その笑いは、あなたが半年前に手に入れられなかったものです。畑の話は終わり、着物の話が始まりました。話題が変わったのではなく、話す関係が変わりました。
木下さんの畑には草が伸びています。誰も手を入れません。それでいいのだと思います。彼が残したのは畑ではなく、あなたの夜を、あなたに気づかせた一言でした。
あなたはこれから同じ言葉を聞くたび、少し黙ってから「私もです」と言えるようになる。その先に何があるのかは、誰にも分かりません。分からないまま、続けていけるものだと思います。




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