「言っても分からない」の本当の意味。理解を超えた関係を育むコミュニケーション

第一章 うつむいて話す人の、その首の角度について

「わからないだろうから」は、あなたを低く見た言葉ではなかった

私は五十八歳の男で、青果市場の冷蔵倉庫で在庫の管理をしています。数字とバーコードと、白い息の出る仕事です。

三年前、地元の公民館でやっている合唱団の裏方を頼まれて、そこで彼女と知り合いました。四十四歳、大学の非常勤講師で中世ヨーロッパの楽譜の書き方──記譜法というそうです──を研究しています。私は五線譜すら読めません。

最近、彼女の仕草に引っかかるものを感じています。研究の話になった途端、彼女は急にうつむくのです。膝に置いたコピーの束を見つめて、視線が左右にせわしなく動く。そして時折、上目遣いで私の目をちらりと確認する。そういう顔をします。

私はわからない話でも聞いているのが楽しいので、それ自体は困っていません。ただ、あの姿勢の変わり方が気になって仕方がない。蕎麦屋で天ぷらの話をしているときは、あんなに真っ直ぐ私を見るのに。

一度、なぜうつむくのか、どうして目を見ないのか聞いてみました。返ってきたのは、「言ってもわからないだろうから……」「なるべく崩して話してるんだけど……」という、ふにゃふにゃした答えだけでした。それ以上は言葉になりませんでした。

彼女は人を上から見るような人ではないと思っています。ただ、どうせこの人にはわからないだろうと、私を低く見ているのだとしたら正直言って悲しい。

あれは、どんな気持ちなんでしょうか。情報が少ないのは承知していますが、ご意見をいただけたら嬉しいです。

よりみちナビゲーターの対話

アキ:まず言わせてほしい。久雄さん、これ、けっこう痛いよね。天ぷらの話のときは目を見てくれるのに、彼女の一番大事な話になるとその目が自分から離れていく。わかるよ、その落差がしんどいんだ。話の内容がわからないことじゃなくて、「見てもらえていない」ことが刺さってる。

ケンゴ:私は少し違う角度から入る。その視線の動きは久雄さんに向けられたものではない可能性が高い。人は頭の中で複雑な情報を組み立てているとき、相手の顔から目を離すことがある。表情という情報が入ってくると、思考の作業が邪魔されるからだ。専門の話をしながら、同時に「この言葉は通じるか」と翻訳している人間の頭は、かなり忙しい。

アキ:ケンゴさんの言うこともわかる。ただ──それを先に言われると、久雄さんの寂しさが「勘違い」にされちゃうんだよ。彼女の頭が忙しかったとしても、目の前に置き去りにされた人がいる。その感じは本物だよ。私、副業のことを職場の先輩に話したとき、相手が三回スマホを見た瞬間の胃の重さ、まだ覚えてる。理由がどうでも、体は先に傷つくの。

ケンゴ:置き去りにされた感覚を否定するつもりはない。だが原因を誤って特定すると、久雄さんは「私は見下されている」という前提で三年目の関係を組み立ててしまう。それは構造の問題だ。感情を認めることと原因を正しく見ることは、両方やっていい。

サキ:お二人の話、どちらも大事ですね。私は彼女の「言ってもわからないだろうから」という言葉が、うつむいたまま出てきたところに引っかかっています。それは久雄さんの理解力を測った言葉ではなくて、自分の説明を測った言葉なんじゃないでしょうか。「私は、この人にわかるように話せない」。主語が自分の側にある人の声って、だいたいああいう、ふにゃふにゃした形になりますよね。

アキ:あー……それ、すごくしっくりくる。上目遣いって、たぶん確認なんだよ。「まだ聞いてくれてる?」「退屈してない?」って。あれ、偉い人の顔じゃないよ。怖がってる人の顔だ。

シオン:不思議なものだ。うつむくという姿勢は、相手を低く見る者の姿勢ではない。低く見る者は、顎を上げる。

アキ:……そうだね。ほんとにそうだ。

サキ:三年間、五線譜も読めないと言いながらその話を楽しく聞いていらしたんですよね。彼女はきっと、それを失いたくないんだと思います。だから丁寧に崩そうとして、崩しきれなくて、うつむいてしまう。

アキ:久雄さん。悲しかった気持ちはそのまま持っててよくてね。そのうえで、たぶん彼女はあなたを見下してない。むしろあなたに嫌われたくなくて縮んでる。第二章で、そこをもう少し掘るね。

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