第一章 「癒す」の前に、名前を返す
はじめに:インナーチャイルドとは何か
インナーチャイルド(内なる子ども)とは、幼い頃に感じたけれど、その場で受け止めてもらえなかった感情の記憶を指す言葉です。医学の診断名ではなく、心理療法やカウンセリングの現場で使われてきた比喩に近い概念です。
たとえば六歳のあなたが、「痛い」「怖い」「見て」と言おうとして、言えずに飲み込んだとします。その感情は消えません。行き場を失ったまま、身体の奥に残ります。そして数十年後、職場で理不尽に怒られた瞬間、五十代の大人の身体の中で六歳の子どもが先に反応してしまう。声が出ない。頭が真っ白になる。あとで自分を責める。この「先に反応してしまう小さな自分」を、インナーチャイルドと呼びます。
つまりこれは、あなたの中にいる別人格でも霊的な存在でもありません。処理されないまま保存された感情と、その感情に紐づいた反応のパターンです。
だから「癒す」とは、その子を消すことではありません。追い出すことでも、無理に感謝することでもありません。当時誰も言ってくれなかった言葉を、今の自分が言い直す作業です。「痛かったね」「あれはあなたのせいじゃない」と。そこから反応のパターンが、少しずつ書き換わっていきます。
なお、フラッシュバックや不眠、涙が止まらないといった身体反応が強い場合、自力で掘り進めるのは危険です。その場合は必ず医療機関を先に。これは根性の問題ではなく、順序の問題です。
── 五十四歳の秋、洗濯機の湯気の向こうに、六歳の自分が立っていた
私は北関東のクリーニング工場で働いています。五十四歳、独身、アパートで一人です。朝六時、乾燥機の並ぶフロアは真冬でも汗ばむほど暑くて、洗剤と蒸気の匂いが染みついています。この匂いだけは嫌いになれません。誰も私に、何も言ってこないからです。
子どもの頃、周りに味方はいませんでした。詳しく書くと長くなるので省きますが、家でも学校でも、私の側に立つ人は一人もいなかった。そういう中で育つと、自分が悪いということにしておくのが一番安全になります。その癖が五十を過ぎても抜けません。何かあれば、まず自分を疑います。
負のループというのは、本当に怖いものです。同じところに戻ってくる。去年の秋も今年の秋も、用水路沿いの銀杏を見上げながら同じことを考えている。過去を片づけないと、ここからは出られないのだと思います。
一度、会社の紹介で相談室に行きました。生育環境を話したら、担当の方が「ここまでの例は珍しい」と何度も言って、ずっとメモを取っていました。悪意はないのだと思います。でも私は自分が症例として扱われた気がして、それ以来足が向きません。あの人の顔は、たぶん一生忘れません。まあ、そんな人のことはどうでもいいとして。
催眠療法を勧められました。興味のある講座もありましたが、説明会で提示された金額は六十八万円。あきらめました。私の手取りでは無理です。
低額で、自分でできることはないでしょうか。寝る前に自分を肯定する言葉をかけるようにはしています。効果的なやり方があれば知りたいです。あと、判断力も考える力も、人の気持ちを読む力も、私は明らかに低いのです。環境のせいなのかは分かりません。訓練の方法があれば教えてください。
よりみちナビゲーターの対話
シオン: まず一つ、確認しておきたいことがある。あなたは「過去のトラウマを克服しなければループから出られない」と書いた。この文の主語は誰だろうか。克服する私、克服されるべき過去。二人いる。……あなたはまだ戦っているのだ。五十四年の間、ずっと。
アキ: それ、わかるよ。私も一時期、自分を敵にしてた。「治さなきゃいけない自分」がいて、それを監視する自分がいて、二人分疲れるんだよね。相談者さんの文章、すごく整ってるのが逆に痛い。「詳しく書くと長くなるので省きます」って、あれ、たぶん癖だよね。長く話したら迷惑がられた経験がある人の書き方だよ。
サキ: そうですね。私も同じところで手が止まりました。省略が上手な方は、たいてい聴いてもらえなかった時間が長いんです。……洗剤の匂いだけは嫌いになれないと書かれていますよね。誰も何も言ってこないから、と。あの一行に、この方の五十四年が全部入っていると思いました。
ケンゴ: 私は少し違う角度から言いたい。この方の相談で最も実務的に重いのは、六十八万円を諦めた場面だ。手取りから逆算して断念した判断、あれは正しい。極めて正しい。ご本人は「判断力が低い」と書いているが、私の読む限り判断力は機能している。高額な自己変容プログラムを、生活防衛を理由に見送れる人間は、実はそう多くない。
アキ: ……ケンゴさんの言うことは分かるよ。ただ、そこを先に褒めると、この人また「じゃあ私の苦しさは何なんだ」ってなると思う。まず必要なのは評価じゃなくて、痛かったねって言われることじゃないかな。順番、逆だと思う。
ケンゴ: アキの指摘も理解している。だが私は、共感だけで五十四年目の秋を越えられるとは思わない。この方は「安く、自分で、確実に」と書いてきた。切実な実務の問いだ。感情を認めることと翌月から回せる手順を渡すことは、両立させなければ意味がない。構造を変えなければ、来年の秋も同じ銀杏を見ることになる。
サキ: お二人の言いたいことは、どちらも分かります。ただ、生活の側から一つだけ。朝六時に乾燥機の前に立つ方に、毎日三十分の課題は渡せません。渡した瞬間、それは「またできなかった」という自己否定の材料に変わりますから。三分で終わるものを一つ。それ以上は、この方の生活には入りません。
シオン: ……あなたは相談員の顔を、一生忘れないと書いた。そしてすぐに「まあ、そんな人のことはどうでもいいとして」と続けた。あの一文、私は美しいと思った。同時に、恐ろしいとも思った。あなたはその瞬間、またも自分の怒りを片づけたのだ。誰にも見せないまま、机の引き出しに。……六歳のあなたがいつもやっていたやり方で。
自分に問いかけるロードマップ
- 「自分が悪い」と考えるのは、幼い頃いちばん安全な結論だったからではないか。今でもそれは安全か。
- 相談員にメモを取られたとき、身体のどこが冷えたか。胸か、喉か、腹か。
- あなたが誰かに「珍しいね」と言われたい相手は、本当は誰だったのか。
- 「どうでもいい」と書いた瞬間、飲み込んだ言葉は何だったか。
本日の羅針盤
インナーチャイルドを癒す作業は過去との戦いではなく、過去に置き忘れた言葉を回収する作業である。
無理に一つにまとめない。三つの視座を残しておく。
- アキ:まず、痛かったと認める。それが先。
- ケンゴ:認めたうえで、来月から回る手順に落とす。感情論だけで秋は越えられない。
- シオン:戦うのをやめた瞬間から、癒しは始まっているのかもしれない。





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