半年でまた、誰かを好きになってもいいですか
婚約者を病で亡くしてから、もうすぐ半年になる。彼と出会ったのは、私が二十代の終わり。七年付き合って、来年の春には式を挙げるはずだった。指輪はまだ、寝室の引き出しにしまってある。
亡くなって最初のひと月は、朝が来るのが怖かった。目を覚ますたびに、彼がもういないという事実に引き戻される。二人で暮らしたアパートのソファに、彼が座っていた側のクッションのへこみがどうしても直せなかった。もう一生、笑うことなんてないと思っていた。
それでも、私たちを昔から知る友人たちが、代わる代わる家に来てくれた。
「一緒にごはん食べよう」
その言葉に何度も救われて、私は少しずつ、外の光を浴びられるようになっていった。今では朝、きちんと起きて仕事に行けている。自分でも驚くほど、日常は戻ってきた。そして先月、友人の紹介で参加した集まりである人と出会った。穏やかに話を聞いてくれる、笑うと目尻に皺の寄る人。帰り道、私は気づいてしまった。ああ、私はこの人のことを、もっと知りたいと思っている。恋なのかどうかはまだ分からない。でも、確かに心が動いた。
まだ半年も経っていないのに。婚約者の遺影も、まだリビングに飾ってあるのに。こんな私は薄情なんだろうか。彼が「幸せになってほしい」と残してくれた言葉を思い出すたび、前を向きたい気持ちと裏切っているような胸の痛みが、同時に押し寄せてくる。
よりみちナビゲーターの対話
アキ:まず、これだけは言わせてね。薄情なんかじゃないよ。ぜんぜん。だってあなた、こんなに苦しんでるんだもん。薄情な人は、こんなふうに自分を責めたりしない。むしろあなたは、亡くなった彼のことも心が動いた新しい人のことも、両方ちゃんと大事にしようとしてる。それって、すごく誠実なことだよ。
アキ:私ね、思うんだ。また誰かを好きになれる気持ちが戻ってきたのは、あなたの心が生きようとしてる証拠なんだって。それって彼がくれた「幸せになってほしい」って言葉に、あなたの心がちゃんと応えようとしてるってことじゃないかな。
ケンゴ:アキの言うことは分かる。ただ、私は少し違う角度から言いたい。半年という時間の長さそのものには、本当は意味がないと思う。喪に服す期間に、正しい目盛りなんて存在しない。
ケンゴ:世間には「一周忌までは新しい恋なんて」といった暗黙のものさしがある。だがそれは、他人が勝手に決めた基準だ。あなたの心が回復する速度は、あなただけのものだ。周りの視線を基準にして、自分の感情を「早すぎる」と裁く必要はない。
アキ:うん、それはすごく分かる。でもね、ケンゴ。頭で「時間に意味はない」って分かってても、心が追いつかないのがこの人のいちばん苦しいところだと思うんだ。「薄情かも」って責めてる自分と、前を向きたい自分。その二人がいま、同じ胸の中でぶつかってる。まずはその両方を、否定せずに抱きしめてあげてほしいの。
ケンゴ:……それは、私の言葉が足りなかった。アキの言う通りだ。理屈で「気にするな」と言う前に、いま現実に揺れているご本人の気持ちを、置き去りにしてはいけなかったな。
シオン:ふたりの話を、静かに聞いていた。ひとつ、問いを差し挟んでもいいだろうか。あなたは「彼が幸せになってほしいと残してくれた」と書いていた。そこでもう、答えに触れていないだろうか。
シオン:亡くなった人を想う心と、新しく誰かを想う心。それは同じ胸の中で、どちらかがどちらかを追い出すものではないのかもしれない。片方を消さなければ、もう片方を持てないというものではない。二つの灯りが同じ部屋で、ただ静かに点っている──そういう日々も、あるのではないだろうか。
自分に問いかけるロードマップ
- 「薄情だ」と責めているのは、本当のあなた自身の声だろうか。それとも「こうあるべき」という、どこかで刷り込まれた世間の声だろうか。
- 婚約者が最後に残した「幸せになってほしい」という言葉を、あなたはどう受け取っているだろう。彼はあなたが一人で泣き続けることを、望んでいただろうか。
- 新しい人に心が動いたとき、彼の記憶は薄れているだろうか。それともあなたの中で、ちゃんと生き続けているだろうか。
本日の羅針盤
半年が早いのか遅いのか、その答えを外に探しても見つかりません。喪の速度は、あなたの心だけが知っています。
新しい誰かに心が動いたことは、亡き婚約者を裏切ることではありません。それは、彼を愛したことであなたの中に育った「人を大切に想う力」が、まだ壊れずに生きていたという証です。愛せる人だったからこそ、また愛せる自分が残ったのです。
ただ、焦って結論を急ぐ必要はありません。その新しい人への気持ちをゆっくり温めながら、同時に彼を悼む時間も抱えていていい。二つの想いは、共に持てるものです。どちらかを手放さなければ進めないというものではありません。
もし胸の締めつけがあまりに強く、眠れない・食べられないなど日常が揺らぐようであれば、グリーフケアの専門窓口や心の相談ができる専門機関に話してみることも、決して弱さではありません。頼ることもまた、生きていく力のひとつです。





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