【いつも聞き役のあなたへ】自分の話を聞いてもらえない不公平感を手放す3つの視点

第一章 聞き役の椅子は、いつから私の席になったのか

八月の終わりの金曜、午後八時過ぎ。私は駅前のチェーン系カフェの、いちばん奥の席にいる。冷房が効きすぎていて、二の腕にうっすら鳥肌が立っている。それでも外に出れば、まだ昼間の熱がアスファルトから立ちのぼってくる時期だ。

向かいには、専門学校時代からの友人が座っている。もう一時間半、彼女は職場の上司の話をしている。指示が毎回変わる、同僚が挨拶を返さない、給料が上がらない。私はアイスラテの氷が溶けて透明な層になっていくのを見ながら、「うん」「それはしんどいね」「よく我慢したね」と返している。返し方はもう覚えている。相づちの間隔も、うなずく角度も、身体が勝手にやってくれる。

私は二十七歳で、市内の内装会社で事務をしている。今年の春、担当していた工程管理の一部を任されて、初めて自分の判断で職人さんに電話をかけた。手が震えた。うまくいったこともあるし、見積の桁を間違えて先輩に頭を下げてもらったこともある。そのことを誰かに話したかった。

だから彼女の話が途切れた隙に、「私も最近、仕事で任される範囲が増えてさ」と言ってみた。彼女は「へえ」と言って、スマホの画面を伏せてから、「そういえば聞いてよ、今日の朝もね」と続けた。私の話はテーブルの上に置かれたおしぼりみたいに、そこにあるのに誰も手に取らないまま濡れていった。

帰り道、コンビニの前で急に腹が立ってきた。なぜ私ばかりが話を聞いているのか。こっちは礼儀として聞いているのに、どうしてこの人は同じようにしてくれないのか。
けれど信号が青になるころには、別の考えが混ざってくる。私は「聞いてほしい」と一度も言っていない。聞きたくない日も、聞ける顔をして座り続けてきた。礼儀を尽くしているのだから相手も尽くすべきだ、という計算を勝手に自分の中で立てて、勝手に赤字にしていたのかもしれない。

相手の問題なのか、それを受け入れ続ける私の問題なのか。そもそもこの問いの立て方自体が、どこかずれているのか。エアコンの室外機が並ぶ路地を歩きながら、私はまだ答えを持っていません。

よりみちナビゲーターの対話

アキ:まず言わせてほしいんだけど。おしぼりのたとえ、あれ読んだとき私、胸のあたりが重くなったよ。あるよね、その感じ。話し始めた瞬間に相手の目が自分の後ろのほうを見てるの、こっちは分かるんだよね。分かるのに笑って引っ込めるんだよ。

サキ:ええ、引っ込めるときの速さって、慣れているほど早いんですよね。慣れているのは、それだけ回数を重ねてきたということですよね。

アキ:そう。しかもこの人、電話で手が震えた話をしたかったんだよ。それって成功でも失敗でもなくて、まだ自分でも整理できてない途中の話じゃない? 途中の話って、聞いてもらいながら形になっていくものだから、聞かれなかった時のダメージがでかいの。愚痴と違って、代わりに話す相手がいないんだよ。

ケンゴ:アキの言うことは分かる。ただ私は、少し別の角度から見たい。
この関係は、一時間半という時間配分で成立している。一時間半のうち、彼女の話が八十五分、相談者の話が数十秒。これは感情の問題ではなく、単純に構造の問題だ。そして構造は、放っておけば必ず再現される。来月も来年も、同じ席で同じ比率になる。

アキ:構造って言われると正しいんだけど、ちょっと待ってって思う。この人、来年のことより今日の帰り道で、腹が立った自分をどうしたらいいか分からなくて書いてるんだと思うよ。「構造だから変えましょう」って言われても、腹が立った自分の始末は誰もつけてくれないままなんだよね。

ケンゴ:腹が立ったのは、契約が破られたからだ。相談者の中には「聞いたら聞かれる」という契約書があった。相手はその契約書に署名していない。署名していない相手に違反を責めても、話は前に進まない。だから契約を口に出す作業のほうが、結局は本人を救うと思う。

サキ:おふたりの言うことも分かります。ただ、私は生活のほうから見て、ひとつ気になっていることがあります。この方、その友人と金曜の夜に会っているんですよね。仕事が終わった金曜の夜に、一時間半かけて人の話を聞く。この時間は本来なら部屋を片づけたり、湯船に浸かったり、何もしないでいられたはずの時間なんですよね。

アキ:ああ、そこか。

サキ:はい。だから「聞いてもらえなかった」という不足だけではなくて、「自分の金曜を使い切ってしまった」という消耗もあるはずなんです。この二つは似ていますが、手当ての方法が違います。前者は伝えることで動きますが、後者は会う頻度や時間そのものを見直さないと、どうにもならないんですよね。

ケンゴ:それは同意する。伝えるだけでは足りない場面もある。

アキ:ただね、私が一つ言い張りたいのは、この人を「言わなかったから悪い」の側に押し込みたくないってこと。相談文、すごく誠実に自分を疑ってるでしょ。自分の期待は一方的だったかもしれない、問いの立て方がずれてるかもしれないって。ここまで自分を疑える人って、だいたい疑いすぎて最後に相手を許して終わるんだよ。それでまた次の金曜が来る。

サキ:……そうですね。反省が上手な人ほど、関係の形が変わらないままになりがちなんですよね。

ケンゴ:ところでこの方は、「双方の関わり方の問題としてどう考えればよいか」と書いている。つまり、どちらが悪いかの判定を求めていない。判定ではなく、扱い方の枠組みを求めている。ここは押さえておきたい。

アキ:うん、そこは本当にそう。だから私たちも、犯人探しはしないでおこう。

自分に問いかけるロードマップ

  • あなたが本当に聞いてほしかったのは、仕事の内容そのものですか。それとも、手が震えたのに電話をかけた自分のことですか。
  • 「聞いたら聞かれる」というやり取りの決まりを、あなたはいつ、誰から学びましたか。家の中でしょうか、学校でしょうか。
  • 聞き役をやめてみたい相手と、それでも聞きたいと思える相手の顔を、それぞれ思い浮かべてみてください。二つのリストは、同じ顔ばかりですか。
  • あなたが「聞いてほしい」と言葉にしたことのある相手は、これまでの人生で何人いましたか。
  • もし次の金曜、その約束を断ったとしたら、いちばん怖いのはどんな展開ですか。

本日の羅針盤

本日は結論を一本にしません。三つの視座を、そのまま置いておきます。

アキの視座では、この痛みの正体は「途中の話を持っていく場所がない」ことです。愚痴は誰にでも話せますが、まだ形になっていない自分の話は聞いてもらえる相手を選びます。その相手がいない状態は、聞き役の疲労とは別の種類の孤独です。

ケンゴの視座では、これは署名のない契約の問題です。あなたの中にあった取り決めは相手に届いていません。責める前に、口に出す。それが構造を触る最初の一手です。

サキの視座では、これは時間の配分の問題です。金曜の夜という、生活の中でもっとも柔らかい時間帯を差し出し続けていること自体に、すでに答えの一部が出ています。

第二章ではこの三つのどこから手をつけるかを、具体的な場面に落として検討します。

なお、聞き役を続けることで眠りが浅くなる、休日も気分が晴れないといった状態が続いている場合は、関係の調整とは別に専門機関への相談もご検討ください。

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