【いつも聞き役のあなたへ】自分の話を聞いてもらえない不公平感を手放す3つの視点

第二章 「聞いてほしい」を、どの順番で置くか

相談から数日後の月曜、私は昼休みに事務所の給湯室でスマホの通知を見た。彼女からのメッセージだった。「今週の金曜も空いてる?」。指が止まった。空いている。空いているけれど、返信の文面が出てこない。

電気ケトルの湯が沸く音がして、蓋のあたりから蒸気が出た。窓の外では、隣の敷地の駐車場に停まったワゴン車の屋根が白く光っている。八月の終わりでも、正午の光はまだ強い。

私は「ごめん、今週はちょっと」と打って、消した。「行くよ」と打って、また消した。結局、既読のまま昼休みが終わった。

よりみちナビゲーターの対話

アキ:この既読のまま終わった昼休み、私はすごく大事な場面だと思う。断るか行くかの二択で止まってるように見えるけど、本当は三つ目の選択肢を探して指が止まってるんだよね。

サキ:三つ目、といいますと。

アキ:「行くけど、私の話もする」。これが言葉になってないから、二択に見えてるんだと思う。断るのは関係を減らす選択で、行くのは今までと同じ選択で、どっちも本人が本当に望んでることじゃないんだよ。

ケンゴ:私もそこは同じ見立てだ。第一章で述べたとおり、まずは口に出す作業になる。具体的に言えば金曜に会う前の段階、つまりこの返信の中に一行入れておくのが最も負荷が低い。「行くよ。あと、私も最近仕事で聞いてほしいことがあるから、時間半分ずつね」。この程度でいい。

アキ:うーん。ケンゴさんの言うことは分かるよ。伝えるのが早いほうがいいのも分かる。ただね、「時間半分ずつね」って送れる人は、そもそもこの相談してないと思う。

ケンゴ:それはどういう意味だろうか。

アキ:言葉の重さが釣り合ってないの。相手にとってはただの提案かもしれないけど、この人にとってはこれまで一度も口にしたことのない要求なんだよ。
初めて出す要求って、送信ボタンを押す前に何回も読み返すし、押したあと三十分くらいスマホを見られなくなる。そういう身体の反応が起きるんだよね。だから「この程度でいい」って言い方は、ちょっと軽い。

ケンゴ:……なるほど。私の言い方が実行の心理的コストを見落としていたということか。それは認める。ただ、コストが高いからといって先延ばしにすると、次の金曜が来てまた八十五分対数十秒になる。私が恐れているのはそこだ。

アキ:そこは同じ。だから私は、伝える中身をもっと小さくしたい。「半分ずつ」じゃなくて、「今度会ったら、私も仕事の話していい?」でいいと思う。許可を求める形にすると、この人の身体が動きやすい。ずるいと思う?

サキ:ずるいとは思いません。ただ、私はひとつ確認しておきたいんです。許可を求める形にすると、断られる余地も渡すことになりますよね。「いいよ」と言われなかったとき、この方はどうなるでしょうか。

アキ:……たしかに。

サキ:私が気にしているのは、そこなんです。この方はもう一度、同じ痛みを引き受けることになります。だから私は、伝える前に別の準備をしておいたほうがいいと思っているんですよね。工程管理の電話で手が震えた話を、その友人以外に誰かひとりにでも話しておくことです。

ケンゴ:先に、聞かれる経験を確保しておくということか。

サキ:はい。聞いてもらえた記憶が一つでもあると、「私の話には聞く価値がない」という考えに落ちずに済みます。逆の順番だと、断られた瞬間に自分の話そのものを引っ込めてしまいやすいんですよね。

アキ:それ、順番の話としてすごく納得した。私は「伝える」ばっかり考えてたけど、伝える前に自分の土台を作るほうが先か。

ケンゴ:私も修正する。優先順位は、
一、聞かれる経験を別の相手で一度作る。
二、小さい形で希望を伝える。
三、それでも変わらない場合に、会う頻度を検討する。
この順で納得できる。

サキ:三番目に置いていただけて、安心しました。頻度を落とすのは有効ですが、最初に持ってくると関係を切る話に見えてしまいますから。

アキ:うん。この人、関係を切りたいなんて一度も書いてないんだよね。専門学校時代からの友人で、たぶん大事なんだよ。大事だから不公平が痛いんだよ。どうでもいい相手なら腹も立たないもん。

ケンゴ:ところで相談文には、「問いの立て方にも問題があるのでしょうか」という一文があった。この点に、まだ誰も答えていない。

アキ:あ、そうだ。

ケンゴ:私の見解を述べる。「どちらが悪いか」という問いは、答えが出ても関係が動かない。動く問いは「私は何を望んでいて、それを相手に渡したか」だ。問いの立て方に問題があったというより、問いが自分の外側を向いていた、と言うほうが近いと私は思う。

サキ:その言い方は、責める響きがありませんね。

アキ:私もその整理は受け取る。ただ一つ足すなら、外側に向いた問いを立てた時期にも意味があったと思うよ。「相手が悪いのかも」って考えたから、この人は少なくとも自分だけを責めずに済んだんだよね。それがあって、ここまで来てる。

自分に問いかけるロードマップ

  • 「今度会ったら、私も仕事の話していい?」という一文を、声に出して言ってみてください。喉のどこが詰まりましたか。
  • その友人以外に、手が震えた電話の話を聞いてくれそうな人が、ひとりでも浮かびますか。職場の先輩でも、親でも、家族以外の誰かでも構いません。
  • もし「いいよ」と言われたとして、あなたは実際に何分話すつもりですか。三分でしょうか、十分でしょうか。用意していない場合、当日また譲る可能性があります。
  • 断られたとき、あなたは「相手が冷たい」と考えますか。それとも「私の話に価値がない」と考えますか。後者に傾く癖があるなら、その癖はいつからありますか。
  • 友人とこれから先も付き合っていきたいですか。この問いには、正直に答えて構いません。

本日の羅針盤

本章で、三名の視座がひとつの順番にまとまりました。

第一に、聞かれる経験をその友人以外の場所で、一度確保する。これはサキの提案で、失敗したときの落下を浅くするための土台です。
第二に、小さい形で希望を伝える。アキの案では「私も仕事の話していい?」という許可を求める形です。ケンゴが当初示した「半分ずつ」は、心理的コストの面から見送りとなりました。
第三に、それでも変わらない場合は会う頻度そのものを検討する。これはサキの生活の視点から出た、最後の手当てです。

そして問いの立て方について。「どちらが悪いか」から「私は何を望み、それを渡したか」へ。ここが本章でもっとも動いた地点です。ただしアキが述べたとおり、相手を疑った時期そのものを否定する必要はありません。それがあったから、自分だけを責めて潰れずに済んでいます。

第三章では、この順番を実行したあとに残るものを扱います。伝えても変わらなかった関係をどう抱えて生きていくのか。シオンが加わります。

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