傷痕のささやきと、夜明け前の部屋で待つもの
毎晩、お風呂上がりの洗面台の鏡を見るたび、自分の腕に並ぶ細い赤い線が目に入ります。それを見るたび胸の奥がぎゅっと縮こまり、自分がとても汚くて、ひどく惨めな存在に思えて仕方がありません。
始まりは仕事中のオフィスでした。デスクに向かっていると突然、冷たい波のような不安が押し寄せてきて、「消えてしまいたい」という衝動に駆られたのです。引き出しにあったカッターの刃を、震える手で腕に押し当ててみました。ほんの少し、皮一枚が切れる程度の浅い傷。でも、じわりと血の線が浮かび上がった瞬間、頭を支配していたあの恐怖や息の詰まるような不安が、不思議にすうっと引いていくのを感じました。それから、やめられなくなってしまったのです。
一番つらかったのは、その腕を彼に見せたときのことです。彼は心配してくれるどころか、聞いたこともないような冷たい声で、「本当は深く切る度胸なんてないんでしょう?」「ただ周りに気づいてほしいだけでしょ」と言い放ちました。
その言葉は、私の胸の痛いところを正確に射抜いていました。確かに私は死ぬのが怖いし、痛いのも嫌です。ただ、この息苦しさを紛らわせたいだけ。そして心のどこかで、「誰か私を見つけて、助けて」と叫んでいるのも事実です。本当の覚悟を持って傷つけている人に比べたら、私はただの弱虫で、ずるくてだめな人間なのかもしれません。でも、それでも誰かに助けてほしいのです。
よりみちナビゲーターの対話
アキ: 相談を読んで、胸がぎゅっと締め付けられた。カッターの刃が皮膚に触れるときの冷たさとか、そのあとに一瞬だけ訪れる、あの張り詰めた頭が静かになる感覚……。それって、本当にどうしようもなくなったとき自分の心を守るためにすがりついてしまった、最後の防衛線だったんだよね。彼から言われた言葉、本当にきつかったね。一番味方でいてほしい人に、自分の震える手を突き放されたような感覚、私なら立ち上がれなくなっちゃうよ。
サキ: そうですね。毎日の生活の中でそこまで追い詰められていたこと、本当につらかったと思います。でもねアキさん、私は彼の言った「気づいてほしいだけでしょ」という言葉を、ただの冷酷な刃物としてだけ受け止めるのは少し危ういとも思うんです。生活の現場で考えると、身近な人が自分を傷つけているのを見たとき、人は恐怖や無力感からつい攻撃的な言葉を使ってしまうことがあります。彼の対応は決して正しくないけれど、相談者様が「誰かに気づいてほしい」と願うこと自体は、少しも汚いことではないはずです。
アキ: サキさんの言うこともわかるよ。周囲の戸惑いもリアルな現実だよね。でも、いまの相談者様にはその「正しい分析」よりも前に、自分の弱さを責めないでほしいんだよ。「本当のリスカをしてる人に失礼」なんて思わなくていい。痛みを数値で比べる必要なんて、どこにもないよ。現に自分が溺れそうになっている、その身体感覚だけがすべてなんだから。
サキ: ええ、もちろんその通りです。ただ私が心配なのは、痛みを紛らわせるための手段が、いつの間にか自分をさらに責める材料になってしまっていることです。明日もまた朝が来て仕事に行かなければならない。その日常のサイクルの中で、傷を増やすことでしかバランスが取れない状態は誰が悪いわけでもなく、早急に周囲の手を借りるサインです。一人で抱え込むには、この夜は少し長すぎます。
シオン: ……お二人の言葉は、どちらもこの部屋の空気を優しく揺らしていますね。傷を重ねることで保たれる静寂も、それを見つめる周囲の戸惑いも、すべては「生きたい」という本能が形を変えて現れたものではないでしょうか。
弱虫だから切るのではない。言葉にならない痛みが、皮膚の境界線を通じて外へ出ようとしているだけです。ただ、その対話相手がカッターの刃である必要は、これからはないのかもしれません。ご自身を「だめな人間」と呼ぶその声を、少しだけ遠くの古い時計の振り子の音のように、客観的に眺めてみることはできないでしょうか。
自分に問いかけるロードマップ
- 問いかけ 1:その「血の線」が、あなたの代わりに叫んでいる言葉は何ですか?
カッターを手に持つ直前、頭の中で鳴り響いていた「本当の感情」(怒り、寂しさ、あるいは疲労)を、傷をつける前に静かにノートの端に書き殴ってみることはできますか。 - 問いかけ 2:「助けて」を伝える相手を、一人だけ変えてみるとしたら?
あなたの痛みを冷たく突き放してしまった彼ではなく、あなたの日常を直接知らない、でも話を聞くプロである専門機関や静かに寄り添ってくれる場所に、その「助けて」のサインをそのまま提出してみることはできますか。
本日の羅針盤
自分の身体を傷つける行為は、あなたが「今日を生き延びるため」に必死で見つけた一時的な避難所だったのかもしれません。ですから、そうせざるを得なかった自分を「汚い」「だめだ」と責める必要はまったくありません。
しかし、その避難所はあなたを根本から温めてはくれません。「誰かに気づいてほしい」という願いは、人間として極めて健康で純粋な叫びです。その叫びをどうか自分を痛めつける方法ではなく、あなたを適切に守ってくれる専門の場所へと届けてあげてください。
大切なあなたへ
心がひどく苦しいとき、消えてしまいたいと感じるときは、一人で抱え込まずに専門の相談窓口へお気軽にご相談ください。あなたの痛みをそのまま受け止め、サポートしてくれる場所が必ずあります。 ・厚生労働省 SNS相談・電話相談窓口一覧 ・いのちの電話 など



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