最終章 ―― 私という、ちょっと運の悪い同行者へ
気がつけば、ずいぶん遠くまで来た気がする。
最初は本当に、ただの愚痴だった。「何をやってもついてない」って、世界に向かって膨れっ面をしていただけ。虫の入ったドリンク、開かない傘、雨の休日。全部が私をいじめているように思えていた。
でも、いまは少しだけ景色が違って見える。
不運の数は、たぶん変わっていない。今日だって買ったばかりのボールペンが一本、最初からインクが出なかった。昔の私なら「ほら、また」と天を仰いだところ。でも今日は、ちょっと笑ってレシートを探して、交換しに行くだけのことだと思えた。店員さんに何か言われても、まあいい。それもいつか、誰かを笑わせる小ネタになる。
笑える不運は、お土産みたいに持って帰る。笑えない出来事は無理に持たず、信頼できる人にそっと預ける。その仕分けが、少しずつできるようになってきた。
私はたぶんこれからも、「ちょっと運の悪い人」のままだと思う。でも、それでいい。運の悪さとつきあっていく。そういう生き方もわるくない。
よりみちナビゲーターの対話
サキ:最後まで読ませていただいて、私、「お土産みたいに持って帰る」という言葉にほろっときてしまいました。不運を敵じゃなくて、お土産にできるようになった。この方はご自分のペースで、ちゃんと着地されたんですね。
アキ:うん。「ちょっと運の悪い人のままでいい」って、すごくない?私たちつい「不運を克服しましょう」みたいに言いたくなるけど、この人は克服しないことを選んだんだよね。つきあっていく、って。それ、めちゃくちゃ大人だと思う。
ケンゴ:同感だ。私は当初、「思い込みの構造を外せ」と言った。だが彼女が選んだのは構造を消すことではなく、構造を抱えたままつきあい方を変えることだった。これはより現実的で、より持続する解だと思う。完治を目指すより共存を選ぶほうが、人は長く立っていられる。
アキ:ケンゴさんが「持続する」って言うの、なんか嬉しいな。数字の人だけだと思ってたけど。
ケンゴ:……数字も最後は、人が立ち続けるためにあるものだ。
サキ:(笑)そうですね。ところで私、最後に一つだけ。この方が「インクの出ないボールペン」をもう事件にしなかったでしょう。あれがいちばんの変化だと思うんです。大きな決意じゃなくて、ボールペン一本にどう反応するか。生活ってその積み重ねですから。
議論が温まったところへ、これまで静かに見守っていたシオンが言葉をひとつ差し入れる。
シオン:……みなさんの言葉は、どれも本当だと思う。克服でもなく、否定でもなくつきあっていく。ふと思うのだけれど、運が悪いというのは、本当に「悪い」のだろうか。古い時計はときどき遅れる。けれどその遅れこそが、その時計が生きて動いている証でもある。狂いのない時間より少し遅れる時間のほうに、人は愛着を覚えるのかもしれない。あなたの不運はあなたという時計の、固有の癖なのではないだろうか。
自分に問いかけるロードマップ
最後に自分自身へ、こう問いかけてみてください。
「私は自分の不運を、どんな声で語っているだろう」
責める声か。笑う声か。それとも、いとおしむ声か。出来事は変えられなくても、それを語る声色は自分で選べます。
そしてもうひとつ。「明日また、何か小さな不運が起きたら、私はどうするだろう」。天を仰ぐのもいい。けれどもし、少しだけ口角が上がったなら、あなたはもう別の場所に立っています。
本日の羅針盤
四つの章を通して、私たちは「不運」をめぐる旅をしてきました。
第一章で、あなたは「笑うしかない」と書いた。
第二章で、注意の照準が動かせると知った。
第三章で、笑えることと笑えないことの線を引いた。
そして最終章で、不運を克服するのではなくつきあっていくと決めた。
ケンゴが言うように、それは完治より持続する解です。
アキが言うように、克服しない強さです。
サキが見つめたように、ボールペン一本への反応に宿る、静かな変化です。
そしてシオンが灯し――いえ、差し入れたように、その遅れる時計の癖こそあなたという固有の時間なのかもしれません。
あなたはこれからも、虫の入ったドリンクに出会うでしょう。傘は開かず、休日には雨が降る。けれどそれを語るあなたの声は、もう以前とは違う。お土産にできるものは持ち帰り、預けたいものは信頼できる手へ。
もし、笑えない出来事の重さがふとした拍子に大きくなる日があれば、その時はどうか一人で抱えず、専門機関への相談もご検討ください。それもあなたが自分とうまくつきあうための、立派な一手です。
今日もどこかでボールペンのインクが出ないかもしれません。そのときあなたの口角が少しだけ上がることを、この羅針盤は願っています。
――おしまい。




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