第二章 ―― 「天然辞書」、本日より編纂を開始します
第一章のあと、私はちょっと考えてみました。空気を読もう読もうと力んでいたから、かえって空回りしていたのかもしれない、と。
そういえばグラタンの一件のとき、隣の席の先輩が口元をむずむずさせていたんです。あのとき気づいていれば。でも当時の私は、グラタンのおいしいお店のことで頭がいっぱいでした。
「辞書を作る」というアキさんの言葉が、なんだか楽しそうに聞こえて。レアアイテムを集めるみたいにと言われたら、急に肩の荷が軽くなりました。直さなきゃ、矯正しなきゃと思うと苦しいのに、集めるんだと思うとちょっとわくわくします。
よりみちナビゲーターの対話
アキ:でね、辞書づくりのコツなんだけど。完璧な辞書を最初から作ろうとしないこと。「グラサン=サングラス」「キムタクは一人」、まずこの二行でいいの。今日はもう、十分なページ数だよ。
ケンゴ:それは賢明だな。仕事でもそうだが、いきなり完成形を目指すと挫折する。私が新人の頃、業界用語が一つも分からなくて、手帳に殴り書きしていた。「リスケ=予定変更」とかな。今思えば恥ずかしいが、あの手帳が私を一人前にした。彼女のやろうとしていることは、それと同じだ。
アキ:ケンゴさんにも「リスケ」が分からない時代があったの……ちょっと親近感わいた。
ケンゴ:誰にでもある。もう一つ実用的な話をしていいか。冗談かどうかの見分けは「言葉」ではなく「直後の沈黙」で測るといい。本気の依頼には説明が続く。「20枚、来週の会議で使うから」とな。冗談には説明がない。言いっぱなしで相手はこちらの反応を待っている。その「待ち」の沈黙が、笑っていいサインだ。
アキ:あー、それ具体的でわかりやすい。説明がついてくるかどうか、ね。
シオン:ひとつ、横から。辞書というのは便利な道具だ。けれど、世界のすべてを辞書に載せきることはできない。載らなかった一行に出会ったとき、彼女はまた「グラタンですか」と聞いてしまうだろう。そのとき、自分を責めずにいられるかどうか。辞書の厚さより、辞書に載っていない出来事を笑って見送れる心のほうが、たぶん長く役に立つ。
アキ:……シオンさん、また辞書づくりの話をちゃぶ台返ししてきたけど。でも、わかる。完璧な辞書なんて一生完成しないもんね。むしろ「載ってなかった!」って笑える日が来たら、それがゴールなのかも。
ケンゴ:それは認めよう。辞書は手段で、目的は彼女が安心して生きることだ。そこを取り違えないなら、辞書は大いに役に立つ。
自分に問いかけるロードマップ
- 今日「ん?」と思った瞬間、相手の言葉のあとに説明はついてきた? それとも、ぽんと言いっぱなしでこちらを見ていた? その差を一つ、メモしてみる。
- 辞書に新しい一行を足すとしたら、今日のどの出来事だろう。一日一行で十分。三日坊主でも三行は残るから。
- もし辞書に載っていない場面でまた笑われたら――そのとき自分に、どんな言葉をかけてあげたい?
本日の羅針盤
アキは「二行から始める気軽さ」を、ケンゴは「冗談は直後の沈黙で見分ける」という現場の知恵を差し出しました。そしてシオンは、その辞書づくりに一つ釘を刺しました。辞書は分厚くしても、世界には必ず「載っていない一行」がやってくる、と。
だから、覚えておいてほしいのです。あなたがこれから作る辞書のいちばん最後のページには、こう書いておいてください。「載っていなかったときは、笑って見送ること」。それが書けたら、あなたの辞書はもう完成しています。
グラタンの店を目を輝かせて探していたあなたを、私たちは誰も笑いません。むしろそのまっすぐな目が、辞書の一行よりずっと価値があると本気で思っています。
もし辞書を作っても場のつらさが消えないときは、軽い気持ちで誰かに相談してみてください。一人で編纂しなくていいのです。共同編集者は案外、あちこちにいます。



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