第二章 みんなの窓辺にも、誰かが座っていた
同じ朝を、別の誰かも生きている
眠れない明け方に、思いがけないものに救われる。それはあなただけの出来事ではありません。声には出さないだけで、同じような朝を過ごしている人はきっとあちこちにいます。
サキが、ぽつりと語りはじめます。
サキ:私、あの鳩のくだりを読んでから、自分のことを思い出していたんです。子どもがまだ小さかった頃、夜泣きで眠れなくて、明け方にベランダで洗濯物を干していたことがあって。そのとき、電線にとまったカラスがくちばしで羽をせっせと整えていたんです。それを見て、「ああ、この子も朝の身支度をしているんだな」って、なぜか泣きそうになりました。眠れないのは私だけじゃない、みんな朝を迎える準備をしているんだって。理屈じゃないんですよね。
アキ:それ、すごくわかる。私も前に、締め切りに追われて徹夜した朝、道端の水たまりでスズメが水浴びしてて。バシャバシャやってるのを見て、なんか「私も頑張ろ」って思えたんだよね。応援されたわけじゃないのに。むしろ向こうは私のこと知りもしないのに。
サキ:知らないから、いいんですよね。
アキ:うん。期待も評価もされてないから、ただそこに「いる」だけで許されてる感じ。
「役に立つ」から、いちばん遠い場所で
ここで、アキがふと引っかかったように続けます。
アキ:でもさ、私、ちょっと考えちゃったんだ。私たちってふだん、何かの「役に立つ」ことばっかり求められてるじゃない。仕事でも、家庭でも。自分でも自分に「ちゃんとしなきゃ」って課してる。だからこそ、あの鳩みたいに何の役にも立たないものに、逆に救われるのかなって。
サキ:……アキさんの言うことは、よく分かります。ただ、私は少しだけ違う感じ方をしていて。あの鳩は「役に立たない」んじゃなくて、相談者さんにとってはあの朝いちばん役に立ったんじゃないかと思うんです。生活の中で、笑いをひとつ取り戻すこと。それは決して小さな効用じゃない。眠れない朝を、それでもなんとか渡っていくための確かな支えだったと思うんです。
アキ:……そっか。役に立たないって言い方がもう、鳩に失礼だったかもね。
サキ:いえ、アキさんの言いたいことも、痛いほど分かるんです。私たち、いつのまにか「役に立つ自分」でしか自分を許せなくなっているのかもしれない。
シオン:その言葉に、少し付け加えたいことがある。役に立つ、立たない。それを測っているのはいつも私たち人間のほうだ。鳩はそんな物差しを持っていない。ただ日の当たる場所を探して、そこに座っただけ。相談者はその物差しを持たないものと束の間、同じ時間を過ごした。眠れぬ人間が、何も測らないものと出会う。その静けさこそが、救いの正体だったのかもしれない。
自分に問いかけるロードマップ
- あなたが最近、何の見返りもなく「ただ、いていい」と感じられた時間はいつでしたか。
- 「役に立つ自分でなければ」という思いを、知らず知らずのうちに自分に課していませんか。
- 眠れない朝に出会ったあの鳩を、あなたはどんな物差しで見ていましたか。役に立つ・立たない、以外の見方はできそうですか。
本日の羅針盤
眠れない明け方に、小さな生き物に救われる。それはあなた一人の特別な出来事ではありません。サキのカラス、アキのスズメ——声にしないだけで、多くの人が同じ朝を渡ってきました。
鳩がくれたものは、シオンの言うとおり「何も測らない時間」だったのかもしれません。役に立つかどうかで自分を採点しつづける日々のなかで、何の物差しも持たないものと束の間を過ごすこと。それがこわばった心をほどいてくれた。
あなたが眠れない朝に見つけた笑いは、決して無意味なものではありません。それはむしろ、あなたがまだ笑える力を失っていないことの証です。次に眠れない朝がきたら、どうか自分を責めずに、窓の外を少しだけ眺めてみてください。誰かが、何かが、また座っているかもしれません。
眠れない夜が続く場合は、前章でもお伝えしたとおり内科や心療内科、地域の相談窓口など、専門機関への相談もご検討ください。笑える力を持ちながら、体もきちんと休められる——その両方を、あなたが取り戻せますように。




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