【60代のひとり暮らし】眠れない夜が続いた朝に、私の心をほどいてくれたもの

エピローグ 朝の挨拶を拾いながら、家に帰る

ある明け方の、小さな散歩

あれからしばらく経った、ある朝のこと。

その日も私は、夜明け前に目が覚めてしまった。天井を見ていても仕方がないので、上着を羽織ってまだ薄暗い道へ出てみた。夜と朝の境目の空気はひやりとして、頬に触れると背筋がしゃんとする。街灯がまだ点いていて、自分の足音だけがやけに大きく響いた。

歩いていくうち、東の空が少しずつ白んでくる。畑の縁の木立から、名前の知らない鳥が短く鳴いた。ピッ、ピッと、まるで誰かが起き抜けに喉を試しているような、遠慮がちな声だった。それに応えるように、別の木からも鳴き声が返る。朝の挨拶を交わしているのだろうか。

足元に目をやると、アスファルトの割れ目から名も知らぬ黄色い小さな花が咲いていた。ずいぶん窮屈な場所を選んだものだと思いながらしゃがみ込むと、花のすぐそばを羽の透けた小さな虫が横切っていく。私が近づいても慌てるふうもなく、それぞれがそれぞれの朝を始めていた。

どれくらい歩いたろう。空はすっかり明るくなって、鳥の声もあちこちで重なりはじめていた。ふと気づくとふくらはぎのあたりが、じんわり温かい。夜通し眠れずに横たわっていたときの、あの骨の芯がこわばるような重たさとは、まるで違う疲れだった。
歩いた足がほどよくくたびれて、背中にうっすら汗がにじんで、息が深いところまで届いている。悪くない疲れだ、と思った。むしろ体のほうが「よく動いた」と満足しているような、まるいあたたかさがじわじわと全身に広がっていく。

家に帰って玄関で靴を脱ぐと、その温かさが一段と増した気がする。台所で水を一杯飲んで、なんとなく座椅子に腰を下ろす。
カーテンの隙間から、朝の光が畳の上に細く伸びていた。眠ろうと思ったわけではない。ただ、体があんまり心地よく疲れているものだから、まぶたが自然と重たくなって——私は座椅子にもたれたまま、いつのまにかウトウトと寝入っていた。目を覚ましたときには、日はもうずいぶん高くなっている。眠ろう眠ろうと力んでいた夜あんなに逃げていた眠りが、今朝はなんの前触れもなく、そっとそばに来ていた。

誰にも見せない時間の中で

サキ:この散歩の場面、私は何度も読み返してしまいました。相談者さん、鳩に笑ったあの朝から少しだけ変わられたんですね。眠れない時間を家の中でじっと耐えるのではなく、外へ出て、朝の挨拶を拾いにいかれた。鳥の声、割れ目の花、羽の透けた虫。どれも相談者さんに何かをしてくれたわけじゃない。ただ、それぞれの朝を始めていただけ。でも、そのなかを歩けたことが大きいと思うんです。

アキ:うん。しかもね、私がぐっときたのは「ふくらはぎがじんわり温かい」っていう、あそこ。眠れない疲れって、こわばってて痛い疲れなんだよね。でも歩いたあとの疲れは、ゆるむ疲れ。体が「ああ、動いた」って納得してる感じ。相談者さん、自分でもちゃんと「悪くない疲れだ」って気づいてる。この二つの疲れを体で見分けられたことが、すごく大きいと思う。

サキ:ええ。そして座椅子で、知らないうちにウトウトしてしまった。私、この場面にほっとしました。眠ろう眠ろうと力むと、かえって目が冴えてしまう。でも朝の挨拶を拾いに歩いて、体が心地よく疲れたとき、眠りのほうからそっと近づいてきてくれた。

アキ:眠りって、捕まえにいくと逃げるんだよね。向こうから来てくれるのを、ただ待つしかないっていうか。

縁は、こちらから拾いにいける

シオン:私はこの散歩に、ひとつの変化を見た。あの布団の鳩のとき、相談者は「訪れてきたもの」に救われた。鳩のほうから庭にやってきた。だが、今回は違う。相談者は自ら家を出て、朝の挨拶を「拾いに」いった。縁はじっと待つだけのものではない。こちらからそっと歩み寄ることもできる。眠れない夜がいつのまにか、そのことを教えていたのかもしれない。

サキ:……シオンさん。「縁を拾いにいく」という言葉、胸に残ります。

シオン:拾いにいったつもりで、実は朝のほうがずっとそこにいて、待っていたのかもしれない。鳥も、花も、虫も。ただ、眠れる人はその時刻に眠っていて出会えなかっただけだ。

アキ:眠れないことがぜんぶ悪いわけじゃなかったんだね。

サキ:ええ。それでも、と私はやっぱり言い添えたいんです。今朝はうまく眠れた。それは本当に嬉しいこと。でも、眠れない夜が完全になくなったわけではないかもしれません。だからこの散歩が、無理な決まりごとにならないように。眠れたらそれでよし。歩けない朝は、歩けなくてもいい。相談者さんがご自分を追い立てずにいられますように。

自分に問いかけるロードマップ

  • 「痛い疲れ」と「心地いい疲れ」の違いを、あなたは体のどこで感じ分けていますか。
  • あなたにとってこちらから「拾いにいける縁」は、どんなところにありそうですか。
  • 眠りを「捕まえにいく」のではなく、「待つ」ために今夜できる小さなことは何でしょうか。

本日の羅針盤

三章とこのエピローグをかけて、一羽の鳩から始まった物語を巡ってきました。最後に、静かに置いておきたいことがあります。

眠れない明け方に、あなたは布団の上の鳩に笑い、やがて自分から外へ出て、鳥の声や路傍の花や小さな虫の、それぞれの朝の挨拶を拾って歩いた。ふくらはぎのじんわりとした温かさ——夜のこわばった疲れとは違う心地いい疲れを体で味わい、帰った家では眠りのほうから、そっとやってきてくれた。

シオンの言うように、それは「縁を拾いにいく」ことでもあり、同時に朝のほうがずっとそこで待っていた、ということでもあります。どちらが本当かを決める必要はありません。

そしてサキが最後まで手放さなかったように、眠れた朝を喜びながらも、眠れない夜がまた来ても自分を責めないでいてほしい。散歩も、手帳の一行も、決まりごとにしないこと。つらさが続くときはどうか一度、内科や心療内科、地域の相談窓口に、体のこととして話してみてください。

あなたの朝がこれからも小さな挨拶であふれていますように。そして疲れて帰った家で、眠りがまた、あなたのそばにそっと座ってくれますように。

よりみちナビゲーター

人生の岐路で立ち止まったすべての人へ。答えを「断定」せず、あなた自身が納得できる「複数の選択肢」と「視点の切り替え方」を優しくお伝えする道案内チームです。

よりみちナビゲーターをフォローする
人生相談

コメント

タイトルとURLをコピーしました