同じ日づけの向こう側 ― 第三章「名前を呼ぶ日」
あれからわたしは、祖母に伯父の名前を聞きました。
「和(かず)、いう名前にするはずやった」と、祖母は言いました。和やかの和。生まれてくる季節が穏やかであるようにと、祖父がつけた名前だったそうです。六十年近く、誰の口にものぼらなかった名前を、祖母は少し照れたように、けれど確かな声で口にしました。
先週、わたしは本家の墓と、伯父が眠るお墓の両方に行ってきました。菩提寺のご住職に相談して、簡単な供養の場を設けてもらったのです。あの古い戦国の墓石にも手を合わせました。文字は相変わらず半分しか読めません。でも、こわくはありませんでした。
線香の煙が、風のない墓地でまっすぐ立ちのぼっていきました。わたしは小さな声で「和さん、はじめまして」と言ってみました。返事はもちろんありません。けれど、首のうしろにあったあの冷たさがもう消えていることに気づきました。あったのは、ただの静けさでした。
同じ日付は、もうこわくありません。
よりみちナビゲーターの対話
シオン:「和さん、はじめまして」──いい挨拶です。こわかったものに名前を与え、はじめましてと言えたとき、それはもう敵ではなくなる。あなたは長く宙に浮いていた悼みに、ようやく着地する場所を用意したのですね。
サキ:お祖母さんが名前を口にしたとき、照れていたというくだりにもう泣けてしまって。六十年ぶりですよ。ずっと呼びたくても呼べなかった名前を、お孫さんの前でやっと声に出せた。これってお祖母さんの悼みも、同じ日に下りた瞬間だったんじゃないでしょうか。
ケンゴ:そう思う。構造で言えば、未完了だった儀式が世代を一つまたいで、ようやく完了したということだ。──そして俺は、最初に「確率の問題だ」と言った自分を、いま少しだけ訂正したい。確率としては正しかった。だが、人が生きるうえで本当に効くのは確率の正しさではなく、こういう「区切り」のほうなんだな。線香がまっすぐ立ったという一行に、それが全部入っている。
サキ:ケンゴさんがそう言うの、なんだか珍しいですね。
ケンゴ:管理職を長くやっていると、数字で説明できないものをつい軽く見る癖がつく。たまにはこうして上書きされたほうがいい。
シオン:それぞれが、少しずつ動きましたね。ケンゴさんは確率から区切りへ。サキさんは悼みを「分け合えるもの」として見届けた。──そしてこの方は、こわさを縁に読み替えた。ひとつ、最後に申し上げたいことがあります。あなたはもう、伯父さんの「生まれ変わり」である必要もありません。あなたはあなたとして生まれてきた。同じ日づけは、あなたを別の誰かにするものではなく、あなたの暦にもう一人ぶんの優しい記憶を添えるものです。それだけのことではないでしょうか。
サキ:「あなたはあなたとして生まれてきた」──その一言を、ずっとこの方は誰かに言ってほしかったのかもしれませんね。
シオン:かもしれません。──祖母の願いを背負わず、けれど祖母の悼みは受け取った。背負うと受け取るのあいだに、あなたはちゃんと立っています。
自分に問いかけるロードマップ
物語は静かに着地しました。これからのあなたのために、最後の問いを置きます。答えは急いで出さなくてかまいません。
- 「和さん、はじめまして」と言えた今、来年の誕生日をあなたはどんな気持ちで迎えたいですか。
- 祖母の願いと、あなた自身の人生。その境界線を、あなたはこれからどう守っていきたいですか。
- いつかあなた自身が誰かの「悼み」を受け取る側になったとき、今回のことはどんな知恵として残るでしょう。
- こわさが消えたあとに残った「静けさ」を、あなたはこれからどう使っていきたいですか。
本日の羅針盤
三章をかけて、この物語は「怨念へのこわさ」から「悼みの完了」へ、そして「自分の輪郭の確認」へと歩いてきました。最後も見方を一つに束ねず、三つの灯りとしてお渡しします。
ケンゴの見方では、これは世代を越えて持ち越された「未完了の儀式」が、供養という区切りによって完了した物語です。区切りはこわさを終わらせる、最も確かな手段でした。
サキの見方では、これは祖母とあなたが長く宙に浮いていた悼みを、同じ日に二人で下ろした物語です。悲しみは分け合えば軽くなります。
シオンとしては、こう締めくくります。──同じ日づけは最初から鎖でも糸でもなく、ただ「そこにあったもの」でした。それを鎖と読んでこわがった季節も、糸と読んで結び直した季節も、どちらもあなたの人生の一部です。あなたは見えない誰かの生まれ変わりではなく、見えない誰かを悼むことのできる一人の生者として、ここにいる。それはとても得難いことではないでしょうか。
最後に、現実的なことを少しだけ。供養はこれで終わりではなく、来年の同じ日に、もう一度静かに手を合わせましょう。それで十分です。法要のような大げさなものは要りません。もし今後、家族のなかでこの話題が誰かの心を波立たせるようなら、菩提寺のご住職やグリーフケア(死別の悲しみのケア)を扱う専門家・相談窓口に頼ることも、どうか覚えておいてください。悼みは一人で抱えるものではありません。
そして、もしこうした体験を経てもなお、不安が日常を侵すように続くときは、心療内科やカウンセリングといった専門機関の手をためらわず借りてください。見えないものへの感受性が強いあなたは、それだけ誰かを大切に思える人でもあるのですから。
あなたの暦に、和さんという穏やかな名前が一つ加わりました。来年の誕生日が、静かで温かいものでありますように。



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