経済的理由で進学を諦めた人へ。大学の建物の外でも、本物の学問とつながる3つの道

第二章:「諦めた」の中にある、本当は諦めていないもの

あの日、親に「もう受験はしない」と告げたとき、台所の換気扇がまわっていました。母は背中を向けたまま、野菜を刻む手を止めませんでした。「そう」とだけ言って、それから少しの沈黙があって、「ごめんね」と聞こえた気がしました。たぶん、聞こえた気がしただけです。母はそんなふうに謝る人ではないから。

でも、私はその夜、自分の部屋の天井を見ながら気づいてしまったんです。私は「諦めた」んじゃない。「諦めることにした」だけだ、と。心はまだ、何ひとつ手放していない。手放したふりをして、棚の奥にしまっただけ。だから放送大学の教材を開いても、どこか他人の本を読んでいるような気がするのかもしれません。

よりみちナビゲーターの対話

アキ:この文章を読んで、私、ちょっと震えたんだ。「諦めたんじゃない、諦めることにしただけだ」って、二十歳の人が自分でここまで言語化できるってすごいことだよ。多くの人は、自分の心に何が起きているか気づかないまま、何年も過ごしてしまう。あなたはもう、自分の痛みの輪郭をちゃんと見てる。それは学問をする人の目だと思う。

ケンゴ:同感だ。観察眼が鋭い。ひとつだけ補足させてくれ。「諦めた」と「諦めることにした」の違いは、心理の問題であると同時に戦略上の違いでもある。前者は「もう道がない」、後者は「いまは選ばない」だ。後者は状況が変われば選び直せる。あなたは無意識のうちに、自分の未来に対して後者を選んでいる。これは弱さではなく、思考の強さだと私は受け取った。

サキ:あの──途中から入ってすみません。私、台所の換気扇のところで手が止まってしまって。お母さまが背中を向けて野菜を刻んでいたその光景に、私の中の別の何かが反応したんです。

アキ:サキさん。

サキ:これは私の勝手な読み方かもしれません。でも、お母さまは振り向けなかったんじゃないかと思うんです。振り向いたら自分のほうが泣いてしまうから。「ごめんね」が聞こえた気がしたというのは、たぶん、本当に聞こえたんだと思います。あなたが聞き取れる場所に、お母さまもいた。

アキ:……うん。

サキ:ただ、ここから少しだけ踏み込んでいいですか。あなたは「親に負担をかけたくない」という理由で進学を諦めた。それはとても優しい選択です。でも、その優しさがいま、あなた自身を眠れなくしている。お母さまはたぶん、あなたが眠れない夜を過ごしていることを知らないんじゃないでしょうか。

アキ:サキさんの言うこと、わかるよ。親に本音を伝えるのは大事だと思う。でもちょっと待って。この人はまだ二十歳で、家のお金のことを背負ってひとりで決断した人なんだよ。「話してみたら」って言葉は正しいんだけど、彼女は「もうこれ以上、家族に何かを期待しない」っていう気持ちで自分を守ってきた。その守りを揺さぶる言葉になるかもしれない。

サキ:そうですね。ただ、私は少し違って感じていて──揺さぶることが常に悪いことではないと思うんです。守りの姿勢のままでは、灯を抱えたまま十年二十年経ってしまう人を、私はたくさん見てきました。もちろん、いますぐ話せという意味ではありません。ただ、「いつか話してもいい相手なんだ」と思える可能性を本人の中に残しておいてほしくて。

ケンゴ:……二人とも、止まってくれるか。少し、ご本人の話に戻ろう。私たちはいま、ご家族の問題に踏み込みすぎている。決めるのはご本人だ。アキの「守りを尊重する」も、サキの「いつか話せる相手として残す」も、どちらも素材として置いておく。選ぶのはあなた自身だ。

シオン:……一つだけ、置いていこう。台所の換気扇の音というのは、不思議な音だ。会話を遮るほどではないが、沈黙を持ちこたえさせてくれる。あの夜、彼女の家には換気扇の音が必要だったのかもしれない。言葉にならないものを、機械の音が引き受けてくれることがある。それぞれ家の事情で、まだ言葉にされていないものがある。それは悪いことばかりではないだろう。

自分に問いかけるロードマップ

第二章では、もう少し深いところを見つめてみます。

  • 「諦めることにした」と決めたあの日から、あなたの中で何が変わって、何が変わっていないでしょうか。変わっていないものこそが、あなたの願いの正体かもしれません。
  • 放送大学の教材を「他人の本を読んでいるよう」と感じるとき、あなたが本当に読みたいのはどんな本でしょう。書名でなくてかまいません。「土の匂いがするページ」「夜の畑の写真が載っている本」──そんな手触りの言葉で、書き出してみてください。
  • お母さまの「ごめんね」が聞こえた気がした瞬間を、もう一度思い出してみてください。あなたは何と返したかったでしょうか。「返したかった言葉」を、自分の中で確かめてみてください。

本日の羅針盤

第二章で見えてきたのは、あなたの「諦め」が実は手放しではなく、預けに近いということです。棚の奥にしまったというあなた自身の言葉が、それを正確に表しています。しまったものは、取り出せる日が来ます。

本日の三人の声を、また無理にまとめずにお渡しします。

サキは言いました──いつか、お母さまに本音を伝えていい日が来るかもしれない。守りを解いていい日が、いつか来るかもしれない。
アキは言いました──いまは守っていていい。自分のペースで、自分のタイミングで決めていい。
ケンゴは言いました──「諦めることにした」と言える人は、選び直す力をすでに持っている。
シオンは言いました──言葉にされていない沈黙にも、意味がある。換気扇の音が引き受けてくれる夜がある。

あなたがいま、放送大学の教材を「他人の本」のように感じているのは教材が悪いのではなく、あなたの本当の問いが、まだ別の場所にあるからかもしれません。次の章ではその「別の場所」を、一緒に探していきます。

今夜は台所の換気扇の音を思い出しながら、深く息を吸って、ゆっくり吐いてください。あなたが二十歳でここまで自分を見つめられていることは、紛れもなくひとつの才能です。

よりみちナビゲーター

人生の岐路で立ち止まったすべての人へ。答えを「断定」せず、あなた自身が納得できる「複数の選択肢」と「視点の切り替え方」を優しくお伝えする道案内チームです。

よりみちナビゲーターをフォローする
人生相談

コメント

タイトルとURLをコピーしました