経済的理由で進学を諦めた人へ。大学の建物の外でも、本物の学問とつながる3つの道

第三章:「土の匂いがするページ」を、自分の手で開くということ

高校三年生の夏、私は学校の図書室で一冊の本に出会いました。土壌微生物の本でした。ページをめくると、目に見えないほど小さな生き物たちが田んぼの土の中で稲を支えているという話が書かれていました。私はそのとき、心臓が小さく音を立てたのを覚えています。「私が知りたかったのはこれだ」と思いました。

大学に行きたかったのはたぶん、つづきを読みたかったからです。あの本の著者の研究室に行きたかった。同じ本に夢中になる誰かと、夜遅くまで話したかった。実験室のにおいの中で、答えの出ない問いを抱えていたかった。

いま、二年制の学校で土壌の授業はあります。でもそれは「作物を育てるための土」の話で、私が知りたかった「土そのもの」の話とは、少しだけ違うのです。この「少しだけの違い」が、どうしても埋まらない。

よりみちナビゲーターの対話

アキ:……ねえ、これ読んで私、ちょっと泣きそうになった。あなたが知りたかったのは「土そのもの」だったんだね。「作物を育てるための土」じゃなくて。この違い、すごく大事だと思う。前者は応用で、後者は基礎科学なんだよね。あなたの心はずっと基礎の方を向いてた。それが「興味とずれている」っていう違和感の正体だったんだ。

ケンゴ:これは大きな発見だ。「農学」という大きなくくりの中で、自分が本当に向かっていたのが「土壌学」あるいは「土壌微生物学」だと特定できたことは、戦略的にも意味がある。なぜならその分野は農学部だけでなく、理学部、生命科学部、環境学部にも広がっているからだ。「農学部に行けなかった」と思っていた道が、実は複数の入り口を持っていたかもしれない。

アキ:ケンゴさん、それはすごく大事な指摘だと思う。でもね、私、もうひとつ先に言いたいことがあって。

ケンゴ:どうぞ。

アキ:この人がさ、「あの本のつづきを読みたかった」「著者の研究室に行きたかった」って書いてくれたでしょう。これって、いまからでもできることなんだよ。本の著者はたぶん、まだ研究を続けてる。論文を書いてる。SNSで発信してる人もいる。会いに行ける可能性は、ゼロじゃないんだよ。

ケンゴ:……たしかに。私は「次の進学先」という枠で考えてしまっていたが、アキの言うほうが本人の体温に近い。

アキ:うん。だってこの人、すでに「大学の先生に会いに行った」って前の章で書いてたよね。それ、ものすごい行動力だよ。普通の二十歳はしない。多くの大学院生だって、しない。あなたはもう、独学者として動き始めてる。ただ、自分でそれに気づいていないだけなんだ。

サキ:アキさんの言葉に私もうなずいています。ひとつだけ、生活の側から付け加えていいですか。「夜遅くまで話したかった」「実験室のにおいの中で、答えの出ない問いを抱えていたかった」──この部分、私は学問の中身よりも「場」への憧れを強く感じました。

アキ:場、か。

サキ:はい。同じ熱を持った人たちと、同じ空気を吸いたかった。それは学問への憧れであると同時に、孤独への抵抗でもあると思うんです。あなたが眠れない夜を過ごしているのは知識が足りないからではなく、「同じ熱を持った仲間」がそばにいないからではないでしょうか。

ケンゴ:……サキさん。それは踏み込んだ読みだな。ただ、私もそう思う。学問の孤独は内容の難しさよりも、共有相手の不在から来る。

アキ:うん。だから二つのことを、同時に考えていいと思う。ひとつは、ケンゴさんが言ってくれた「土壌学・土壌微生物学という分野の特定」。もうひとつは、サキさんが言ってくれた「同じ熱を持った人と出会う場」。この二つは別の話のようで、つながってる。

シオン:……ふと思ったのだが、土の中で稲を支えている微生物たちは、互いに姿を見たことはないだろう。それでも同じ田んぼの中で、それぞれの仕事をしている。学問を志す人間も、似たところがある。同じ研究室にいなくても、同じ問いを抱えている人はこの国の、あるいはこの世界のどこかに少なからずいる。あなたが読んだ本の著者も、そのひとりだ。

自分に問いかけるロードマップ

第三章では、行動の入口を探してみます。

  • あなたが高校三年生の夏に出会った一冊の本の著者の名前を、もう一度声に出してみてください。その人はいま、どこで何をしているでしょう。検索すれば、たぶん見つかります。会いに行く必要はまだありません。ただ、「いま生きて研究している人だ」と確かめるだけで、何かが動きます。
  • 学会には学生会員や賛助会員という枠があり、大学に所属していなくても入会できる場合があります。日本土壌肥料学会、日本微生物生態学会など、あなたの関心に近い学会の公式サイトを一度のぞいてみてください。市民向けの公開講座や年次大会の一般公開セッションが開かれることもあります。
  • 「同じ熱を持った人」と出会いたい気持ちを、自分の中で認めてあげてください。これは贅沢な願いではなく、学ぶ人にとって必要な水のようなものです。

本日の羅針盤

第三章で見えてきたのは、あなたの「大学に行きたかった」が、実は三つの願いに分かれていたということです。

一つ目は、特定の分野(おそらく土壌微生物学)への知的な渇き。
二つ目は、その分野の第一線の研究者に近づきたいという憧れ。
三つ目は、同じ熱を持った仲間と過ごす「場」への希求。

このうち二つ目と三つ目は、大学に在籍していなくても部分的にアプローチできる道があります。学会の市民会員、研究者へのメール、公開講座、オンラインの読書会──二十歳のあなたが想像している以上に、学問の世界は開かれた窓をいくつも持っています。

一つ目の「体系的に学ぶ」ことについては、ケンゴが前章で言ってくれた「社会人入学・編入」の道が、何年か後にあなたを待っているかもしれません。急ぐ必要はありません。ただ、その道があるという地図を心の引き出しに入れておいてください。

そして本日も、三人の声を一つにまとめずにお渡しします。

アキは言いました──あなたはもう、独学者として動き始めている。自分で気づいていないだけで。
サキは言いました──あなたが欲しかったのは知識だけでなく、同じ熱を持った人のいる場でもある。
ケンゴは言いました──「農学」を「土壌微生物学」と特定できたことは、戦略的に大きな前進だ。
シオンは言いました──同じ田んぼの土の中に、姿を見たことのない仲間がすでにいる。

あなたが高校三年生の夏、図書室で心臓が小さく音を立てたあの瞬間。あの音はまだ、あなたの中で鳴り続けています。眠れない夜の原因は、その音を聞こえないふりをしているからかもしれません。聞こえないふりをやめてもう一度、その音に耳をすませてみてください。

次の章では、その音をどう日常の中に置き直していくか、より具体的な歩幅で考えていきます。

よりみちナビゲーター

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