第四章:「いま、この生活」の中に学問を置き直す
平日は朝七時に家を出て、二年制の学校に通っています。授業が終わると、駅前のカフェでアルバイトをして、家に帰るのは夜の九時を過ぎる日もあります。家に帰るとまず制服のままソファに座って、十分くらい動けません。母が「ごはん、温める?」と聞いてくれる声に、「うん」と返すのが精一杯の日があります。
部屋に戻って机の上の放送大学の教材を見ると、ため息が出ます。「今日も開けなかった」という罪悪感だけが、毎晩積もっていきます。学びたいはずなのに、学べない。学べないのに、学びたい。この矛盾の中で、私はずっと立ち往生しています。
よりみちナビゲーターの対話
アキ:……この描写、読んでて胸が苦しくなった。朝七時に家を出て夜九時に帰ってきて、ソファで十分動けない人に「教材を開け」って言えるわけがないよ。あなたは怠けてるんじゃない。物理的にエネルギーが残ってないんだ。
ケンゴ:同意する。これは意志の問題ではなく、エネルギー収支の問題だ。一日のうちで使えるエネルギーには上限がある。学校とアルバイトで、すでに九割以上を使っている。残った一割で、新しい学問に取り組もうとしている。これはほぼ不可能な収支だ。罪悪感を感じる必要は、論理的に言ってない。
サキ:「学びたいはずなのに、学べない。学べないのに、学びたい」──この一文に、私しばらく動けませんでした。これは矛盾ではなく、「両方とも本当」なんですよね。学びたい気持ちも本当。今日は学べない体も本当。両方を抱えたまま、立ち往生していい日があると私は思います。
アキ:サキさん、その「立ち往生していい」って言葉、すごくいいね。私もそう思う。ただ、ひとつだけ、ちょっと違う角度から言わせてほしくて。
サキ:はい、どうぞ。
アキ:「学ぶ」って、机に座って教材を開くことだけじゃないと思うんだ。たとえばこの人がさ、カフェのバイトの帰り道に、街路樹の根元の土を見て「この土、どんな微生物がいるんだろう」って一瞬思ったとしたら、それはもう学んでる時間なんだよ。
サキ:ああ、それは──。
アキ:「机に向かう時間」だけを学びとカウントしてると、毎晩ゼロが続いて罪悪感が積もる。でも、「土のことを考えた瞬間」を学びとしてカウントし始めると、たぶん一日の中にいくつか、すでに点が打たれてる。
ケンゴ:……アキ、それは少し違うんじゃないか。
アキ:ん。
ケンゴ:いや、言いたいことはわかる。日常の観察も学問の一部だというのは正しい。ただ、それを「学んでいる」とカウントしてしまうと、体系的な知識を積み上げる時間がいつまでも確保されない危険がある。気休めにはなるが、本質的な渇きは満たされない。私はエネルギー収支そのものを見直すべきだと思う。アルバイトを週に二時間でも減らして、その時間を確保するほうが長期的には効く。
アキ:ケンゴさんの言うこと、わかるよ。でも──いまこの人に「アルバイトを減らせ」って言うのは、たぶんできない。家の経済の話があって、自分で働いて、自分で立とうとしてる人なんだよ。その人に「収支を見直せ」は正論だけど、いま使える薬じゃない気がする。
ケンゴ:……たしかに。いま使える薬の話をしているのなら、私の助言は早すぎたかもしれない。順番として、まず罪悪感から解放することのほうが先か。
アキ:うん。罪悪感で潰れちゃったら、収支を見直す気力も湧かないから。先にアキの薬、後でケンゴさんの薬、っていう順番にさせて。
サキ:私も少しだけ。アキさんの「日常の中に学びの点を打つ」という考え方には賛成です。ただ、それを「カウントする」という言葉で表現すると、また自分を採点する癖が始まってしまう人もいます。だから、カウントしなくていい。ただ「あ、いま土のこと考えた」と気づくだけでいい。気づくことが学問の人の作法だと思うんです。
アキ:……サキさん、それすごい。「カウントしない、気づくだけ」。それが正解だ。
シオン:……ふと、思い出した話をしてもいいだろうか。古い時計の振り子は止まっているように見えても、内側で小さく揺れていることがある。完全に止まるまでには、長い時間がかかる。あなたが「今日も教材を開けなかった」と感じているそのときも、心の中の振り子はたぶん、まだ揺れている。揺れているかぎり、止まってはいない。再び動き出すのに、それほど多くの力はいらないだろう。
自分に問いかけるロードマップ
第四章では、生活の側から学問を見直してみます。
- 一日の終わりに「今日、何ができなかったか」ではなく、「今日、土のことを一瞬でも思ったか」と自分に聞いてみてください。一日に一回でも思えていたら、それは学問の人の一日として成立しています。
- 放送大学の教材を机の上に置いておくこと自体が、あなたにとって重荷になっていないでしょうか。一度、引き出しの中にしまってみるのも選択肢のひとつです。「いつでも取り出せる場所」に置いておくだけでよく、視界から消すことで罪悪感の総量が減ることがあります。
- カフェのバイトの帰り道に街路樹の根元、公園の隅、コンビニの駐車場のひび割れ──そういう場所の土を一度だけ、五秒間、見てみてください。それだけであなたは今日、学問をしたことになります。
本日の羅針盤
第四章で確認したかったのは、あなたがいま立ち往生しているのは意志が弱いからではなく、エネルギーが足りないからだということです。エネルギーが足りない人に「もっと頑張れ」と言うのは、空のペットボトルを振って水を出そうとするのと同じです。出るのは、音だけです。
そして本日も、声を一つにまとめずにお渡しします。
サキは言いました──学びたいと学べないの両方を抱えて、立ち往生していい日がある。
アキは言いました──机に向かう時間だけが学びではない。日常の中の「気づき」も、学問の人の作法だ。
ケンゴは言いました──いつかはエネルギー収支そのものを見直す日が来る。それは順番として、後の話だ。
シオンは言いました──止まっているように見える振り子も、内側で揺れていることがある。
放送大学の教材を、しばらく引き出しにしまっていいのです。罪悪感も一緒にしまっていいのです。代わりに、街路樹の根元の土を見てください。あの本の著者の名前を、ときどき思い出してください。それだけであなたの中の振り子は、ちゃんと揺れ続けます。
最終章ではこれまで四章で見えてきたものを、もう一度あなた自身の手に渡し直します。あなたが今夜、少しでも眠れますように。




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