産後1か月、赤ちゃんを可愛いと思えない。「ごめんね」から始まる朝を生きるあなたへ

「ごめんね」から始まる朝の、その奥にあるもの

先月、女の子を産みました。三十二歳、初めての出産でした。

産院のベッドで、生まれたばかりのこの子をはじめて胸に乗せてもらったとき、看護師さんが「おめでとうございます」と笑ってくれました。私は笑顔を返したと思います。たぶん、返せていたと思います。でも、心の真ん中にあったのは「本当に人間が、私の体から出てきたんだ」という、感動とは少し違うもっと事務的な驚きでした。

退院して家に帰ってきて、もう一か月が経ちます。三時間おきのミルク、おむつ替え、沐浴、寝かしつけ。やることは全部、やっています。泣けば抱き上げますし、目を見て話しかけます。「おはよう」「お腹すいたね」「眠いね」、ちゃんと言葉にしています。

ただ、心から「可愛い」と思えた瞬間がまだ一度もないのです。

朝、ベビーベッドを覗き込むと、最初に口をついて出る言葉は「ごめんね」です。目が小さいんじゃないか、頭の形が歪んでいるんじゃないか、そんなことばかり気になって、そう思ってしまう自分が嫌で、「私が過去にした悪いことのバチが、この子に出ているんじゃないか」と自分を責める。その繰り返しです。

夫はよくやってくれます。実家の母も、義母も、優しくしてくれます。環境には本当に恵まれているんです。それなのにこんなふうにしか思えない私は、母親になってはいけなかったんじゃないか。──そう思いながら、今日もこの子のミルクを温めています。

よりみちナビゲーターの対話

サキ:読ませていただいて、まず最初に浮かんだのは、「この方、ちゃんと毎日、ミルクを温めていらっしゃるんだな」ということでした。三時間おきに起きて、目を見て、話しかけて、歌って。それを産後一か月、ホルモンも体も総崩れの状態でやり続けていらっしゃる。──「可愛いと思えない」と書かれていますけれど、私にはこの方が十分すぎるほど、お母さんをなさっているように見えるんです。

アキ:うん、私もそれ思った。「ごめんね」って毎朝言ってるって、それ、めちゃくちゃ向き合ってるってことだよね。どうでもいい相手に「ごめんね」なんて言わないもん。無関心な人は、そもそも罪悪感なんて持たない。

サキ:そうなんです。ただ、ここからは少し私の経験も混じってしまうのですが。私自身、上の子を産んだとき、退院した日の夜に夫が眠っている横で、生まれたばかりの娘を見ながら「この子、誰だろう」と思ったんです。本当に、知らない人が家にいるという感覚でした。あのときの罪悪感は、たぶん一生忘れません。でも、その「知らない人」が「うちの子」に変わっていくのには、私の場合三か月くらいかかりました。

アキ:三か月。

サキ:ええ。「母性は本能で湧き上がる」みたいな話、世の中にあふれていますよね。あれ、私はずっと、嘘じゃないけど、全員に当てはまる話でもない、と思っているんです。お腹を痛めたら自動的に愛情が湧くなら、誰も苦しまないはずなんですよ。

アキ:わかる。「産んだ瞬間に世界が輝いて見えました」みたいな投稿がSNSで流れてくると、片や充電切れのイヤホン片耳に突っ込んで授乳してるのに、なんかもう別の惑星の話だよね。

シオン:……「可愛い」という感情を急いで持たなければならないと決めたのは、いったい誰なのだろうか。

サキ:シオンさん。

シオン:生まれて一か月。この方とお子さんは、出会ってまだ一か月だ。人と人とが互いを「かけがえのない存在」と感じるまでに、ふつうどれほどの時間をかけるだろう。友人でも、伴侶でも、何年もかけて少しずつ、その人がいない世界を想像できなくなっていく。それなのに母と子だけが出会った瞬間に完成された愛情を持っていなければならないというのは──少し、性急な話ではないだろうか。

サキ:……本当に、そう思います。

アキ:でもさ、サキさん。私ちょっと気になるところがあって。「この子が今いなくなっても、悲しめる自分はいるのだろうか」って書いてあるところ。ここ、私はけっこう心配なんだ。「可愛いと思えない」とは、ちょっと違う層の言葉だと思う。

サキ:……はい。私もそこは引っかかりました。

アキ:「ごめんね」が口癖になっていて、自分の見た目のことまで「バチが当たった」って結びつけちゃって、自分を責めるループから抜けられなくなっている。これ、性格の問題じゃなくて産後ホルモンと睡眠不足が体に効いてる状態だと思うんだよね。私は医者じゃないから断定はできないけど、こういうとき自分一人で「母親としてどう考え直すか」って頑張るより、産婦人科か自治体の産後ケアの窓口に一回電話してほしい。

サキ:ええ。これはぜひお伝えしたいです。産後一か月健診のときに、助産師さんや保健師さんに今日書いてくださったこの文章を、そのまま見せてもいいくらいだと思います。「うまく言えないので読んでください」と。産後のお母さんの心の揺れは決して珍しいものではなくて、相談できる窓口がちゃんとあります。「母親失格かどうか」を一人で判定する必要は、まったくないんです。

シオン:「ごめんね」という言葉の奥にあるのは、もしかすると罪悪感ではなく、畏れ(おそれ)かもしれない。──ひとつの命を引き受けてしまったということへの、原初的な畏れ。それは母親失格の証ではなく、むしろ命の重さをきちんと感じ取れている人の、まっとうな震えではないだろうか。

自分に問いかけるロードマップ

ご自身にこんな問いを、急がず投げかけてみてください。

  • 「可愛いと思えない」と書いたとき、私は誰の声を基準に「思えない」と判定しているのだろう。世間の母親像か、SNSの誰かか、それとも自分の母か。
  • 三時間おきにミルクを与え、目を見て話しかけている自分の行動をもし他人がしていたら、私はその人をなんと呼ぶだろう。
  • 「ごめんね」と言葉が出るとき、その「ごめん」は誰に対しての、何についての「ごめん」なのだろう。子に対してなのか、過去の自分に対してなのか。
  • 産後一か月の自分に、「感情」まで完璧であることを求めているのはどこから来た基準だろう。

本日の羅針盤

サキは、こう申し上げたいと思います。──「良い親になるために、いま考えを変える必要はありません。ミルクを温め続けてください。歌い続けてください。『ごめんね』と言ってしまう朝も、その口でちゃんと話しかけ続けてください。感情は行動の後から、ゆっくり追いついてきます。少なくとも私の場合はそうでした」。

アキは、こう付け加えます。──「でも、一人で抱え込まないで。産婦人科の先生にも保健師さんにも、『可愛いと思えない』『この子がいなくなっても悲しめないかもと思う』、その言葉のまま伝えてほしい。それは弱音じゃなくて、いまの自分の正確な報告だから」。

シオンは、静かに言葉を残します。──「出会って一か月の相手を、まだ深くは愛せていない。それは欠落ではなく、これから始まる長い物語の、最初の余白なのかもしれない」。

三つの言葉は少しずつ違う方向を向いています。どれが正解、ということはありません。今夜のあなたの体温にいちばん近い言葉を一つだけ、ポケットに入れて眠っていただければそれで十分です。


専門機関のご案内:産後一か月前後は、心身の変調が起こりやすい時期です。気持ちの落ち込みやご自身を責める思考が続く場合、産後うつの可能性も含めて、産婦人科、お住まいの自治体の保健センター、産後ケア事業の窓口にぜひご相談ください。「よりそいホットライン」(24時間対応)など、匿名で話せる電話相談もあります。お一人で抱え込まれませんように。

山口県下関の居酒屋なら地酒を楽しめるおばんざい屋 永 | 居心地のいい空間
カウンター席と掘りごたつ席を使い分けることで、お客様それぞれの過ごし方に合った居心地の良さをご提供し、地域に根差して営業しております。ふらっと立ち寄りやすい入口からつながるカウンター席は、お仕事帰りやお出かけの合間に、少しだけお酒とおばんざRadMore…
京都府宇治の買取なら買取専門店TOKURA | ホーム
使わなくなったお品物の買取を行い、価値を見極める役割を担っています。地域密着店ならではの柔軟な提案を大切にし、出張や郵送での査定も可能です。経験豊富なスタッフが丁寧に対応し、お客様が納得できる取引を目指しています。
よりみちナビゲーター

人生の岐路で立ち止まったすべての人へ。答えを「断定」せず、あなた自身が納得できる「複数の選択肢」と「視点の切り替え方」を優しくお伝えする道案内チームです。

よりみちナビゲーターをフォローする
家族関係

コメント

タイトルとURLをコピーしました