第二章:「お母さん」という名前を、まだ着こなせていない夜に
夜中の二時です。
ミルクをあげ終わってげっぷをさせて、もう一度ベビーベッドに戻したところです。この子は今のところ、機嫌よく天井を見ています。電気を豆球だけにした部屋の中で、加湿器が小さく音を立てています。夫は隣の部屋で眠っています。明日も仕事だから夜は私が見る、と決めたのは私自身です。
ふと、スマートフォンに手が伸びます。指は勝手に、検索窓に文字を打ち込みます。「産後 可愛いと思えない」「赤ちゃん 愛情 湧かない いつから」。同じことをもう何度調べたかわかりません。出てくるのはたいてい、「大丈夫、私もそうでした、三か月したら世界が変わって見えました」という体験談です。読むと少しほっとして、でもすぐにまた、別の不安が湧いてきます。「この人は三か月で変わったみたいだけれど、私は変わらなかったらどうしよう」。
検索履歴を消します。消した直後、また同じ言葉を打ち込みそうになる自分がいやになります。
ベビーベッドの中で、この子が小さくくしゃみをしました。私は反射的に「大丈夫?」と声をかけて、おくるみを少し直しました。直しながら、思いました。──「大丈夫?」って、ちゃんと言えたじゃない、私。
でも、そう思った次の瞬間にはもう打ち消しています。「こんなの、誰だってやることだ」。
「お母さん」という名前のサイズが、まだ自分の体に合っていない感じがします。借りてきた制服みたいに、肩のところが少し余って袖が長い。それを毎日着て、毎日似合っていない自覚だけが濃くなっていきます。
よりみちナビゲーターの対話
サキ:第二章を読ませていただいて、私は「検索履歴を消す」というところで思わず手が止まりました。これは産後の夜、本当に多くのお母さんがやっている動作だと思うんです。誰にも見せていないのに自分でも見たくない、という。──履歴を消すという行為そのものが、ご自身を責めている表れですよね。
アキ:わかる。検索することって本当は「答えがほしい」んじゃなくて、「同じ人がいてほしい」だけなんだよね。でもさ、夜中の二時に同じこと検索してる人って、たぶん日本中に何千人もいるんだよ。みんな同時に検索窓に、「産後 可愛いと思えない」って打ち込んでる。その光景を上から見たら、けっこうなんていうか──ひとりじゃないって感じない?
サキ:感じます。本当に。
アキ:ただね、サキさん。私はここ、ちょっと違う角度から言いたいことがあって。
サキ:はい、どうぞ。
アキ:「お母さんっていう名前のサイズが合ってない」って書いてくれてるじゃない。これ、すごく正確な表現だと思うんだけど──私、思うんだよね。サイズが合うまで着るしかない服ってたしかにあるけど、そもそも「お母さん」って一着の制服じゃないんじゃないかって。世の中が「お母さんはこういうもの」って一着の制服を勝手に用意していて、それに合わせようとするから苦しいんじゃないかな。
サキ:……ええ。アキさんの言うこと、わかります。本当にわかるんです。ただ、私は少し違って感じていて──。
アキ:うん。
サキ:「制服を脱いでいい、自分らしい母親でいい」という言葉は、もちろんその通りだと思うんです。でも、産後一か月のいま、この方に「自分らしくていい」と言うのは少し、酷なときもあるんじゃないかと思っていて。
アキ:……酷?
サキ:「自分らしさ」を見つけるのって、本当はすごくエネルギーが要ることなんですよ。三時間おきに起きていて、ホルモンも体力もぼろぼろの状態で、「自分らしい母親像をデザインする」って無理なんです。少なくとも、私は無理でした。あのころの私が必要だったのは「自分らしさ」じゃなくて、「とりあえずこの服を着ていれば今日一日は乗り切れる」っていう、間に合わせの制服のほうだったんです。サイズが合わなくても、借り物でも、着ていればなんとか朝が来る。
アキ:……ああ。
サキ:「似合っていない自覚だけが濃くなる」って、つらい言葉ですよね。でも、似合うかどうかを判定するのはもう少し、もう少し先でいいんじゃないかな、と。いま着ているその借り物の制服を、似合わないと責めなくていい。「サイズが合わないなあ」と思いながら、袖をまくってミルクを温めていれば、それで十分なんじゃないかと思うんです。
アキ:……うん。サキさんの言うこと、わかった。私、ちょっと先回りしすぎたかも。「制服を脱いでいい」って、産後一か月の人に言う言葉じゃないね。脱いだら寒いもんね、まだ。
サキ:いえ、アキさんの視点は半年後、一年後のこの方にきっと効いてくる言葉だと思います。順番の話だと私は思っています。
シオン:……服のたとえを、もう少し続けてもよいだろうか。
サキ:もちろんです。
シオン:人が新しい名前を着るとき──「お母さん」「お父さん」「夫」「妻」、どれでもそうだが──最初は必ず布が硬い。糊がきいていて、首筋に当たる。何度も洗って、汗を吸わせて、雨に濡れて、また乾かして、ようやくその人の体に馴染んでいく。「似合う」とはたぶん、そういう時間の積み重ねの別名だ。
シオン:この方はまだ一度しか、その服を洗っていない。糊が硬いのは当たり前のことではないだろうか。
サキ:……シオンさんの言葉、今日はしみますね。
アキ:ね。なんか夜中の二時に検索してる人、全員に届けたい。
自分に問いかけるロードマップ
第二章を読みながら、こんな問いを、ご自身に置いてみてください。
- 夜中に検索してしまう「産後 可愛いと思えない」──私は本当に「答え」がほしいのか、それとも「同じ人」を探しているのか。
- 「こんなの誰だってやることだ」と打ち消したくなる小さな自分の手柄をもし三つだけ、今日一日から拾うとしたら何が浮かぶだろう。
- 「お母さん」という名前を私はいま、何枚重ね着しているのだろう。世間の声、母から受け継いだもの、SNSで見た理想像、自分の希望。一枚ずつ脱げるとしたら、最後まで残しておきたい一枚はどれだろう。
- 借り物の制服で構わないと自分に許せるとしたら、明日の朝、何が少し楽になるだろう。
本日の羅針盤
サキは、こう申し上げたいと思います。──「サイズが合わない服を、無理に合わせようとしなくて大丈夫です。袖が余っていても、肩が落ちていても、その服を着てミルクを温めている人を、世間は『お母さん』と呼びます。似合うかどうかの判定は、もっともっと先でかまいません」。
アキは、こう付け加えます。──「夜中の検索、消さなくていいよ。残しておいて。半年後にその履歴を見返したら、『あのとき、こんなに必死に答えを探してた私、よくやってたな』って思える日がくるから。今日の私の言葉は、ちょっと先回りしすぎた。ごめんね。でもいつかこの言葉が必要になったら、ポケットから出してほしい」。
シオンは、静かに言葉を残します。──「服が体に馴染むまでには、雨も汗も、いくつもの夜も必要だ。糊の硬い首筋を、欠陥と呼んではいけない。それはまだ新しいということの、ただの証なのだから」。



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