「頑張る私」と「だらける私」を同じ椅子に座らせる ── 真面目な人のゆるみ方入門

あなたは私たちとは違う人

大学最後の年。サークルの定例ミーティングが終わって駅までの帰り道、私はイヤホンの片方だけを耳に入れて歩いていた。五月の風はさわやかで、指先を握ったり開いたりしている。

今日も言われた。「nさんは頑張ってるけど、私はそこまでできないからさ」。後輩の子が笑いながら、でもどこか申し訳なさそうに。
私は「いやいや、全然そんなことないよ」と返したけれど、本当はその「けど」の二文字が、夜になるとずっと頭の中で点滅している。

悪く思われているわけじゃない。むしろ褒めてもらっているんだろう。それは分かっている。分かっているのにその前置きが置かれた瞬間、相手と私の間に薄い壁ができたような気がしてしまう。「あなたは私たちとは違う人」と、線を引かれているような。

高校の部活でも大学のサークルでも、いつもそうだった。私はただ、始めたものに普通に取り組んでいるだけのつもりだったのに。気がつくと「やる気のある人」「真面目な人」というラベルが先に貼られていて、そのラベルが私と周りの距離を少しずつ広げていく。
幹部の仕事を任されるのは嬉しい。でも、本当に欲しいのはそれじゃない。重い役職じゃなくて、コンビニの帰りに「ちょっと寄ってかない?」って気軽に呼んでもらえる、あの軽さなのだ。

どうすれば、やる気はあっても「やる気が抜けている」よう見えるんだろう。そんな器用な力の抜き方を、誰か教えてくれないかな。

アキとシオンの対話

アキ:うわー、コレめちゃくちゃわかるよ。「頑張ってるけど」の「けど」、地味に効くよね。本人は褒めてるつもりなんだろうけど、言われた側は「あ、私、線の向こう側にいるんだ」って気づかされちゃうやつ。

シオン:その「けど」という接続詞は、不思議な働きをする言葉ではないだろうか。せっかくの前半の肯定を、後半で静かに切り離してしまう。褒め言葉の形をした、距離の宣言なのかもしれない。

アキ:そうそう。しかもさ、相談者さんが偉いなって思うのは「悪い気分は全くしない」ってちゃんと言ってるところ。本当にそうなんだと思う。でも同時に、なんか胸の奥がざらっとする感じも確かにある。その両方を抱えていられるって、すごく繊細な感覚だよ。

シオン:嫌ではない、けれど、心地よくもない。その曖昧な領域に名前がないから、余計に持て余してしまうのだろう。

アキ:で、相談者さんが欲しいのって「評価」じゃなくて「距離感」なんだよね。これ、すごく大事なポイントだと思う。「もっと認めてほしい」じゃなくて「もっとゆるく扱ってほしい」。
この方向の願いって、意外と言葉にしづらいんだよ。だって頑張りを認めてもらえるのは普通に嬉しいことだから、それを「やめてほしい」とは言えないじゃん。

シオン:欲しいのは賞賛ではなく、隣に座る許可、ということかもしれない。

気づきのセクション ── 「やる気を抜いて見せる」の前に

アキ:相談者さんは「どうすればやる気が抜けてるように見えるか」って聞いてくれてるんだけど、ちょっとここで立ち止まって考えたいことがあって。
もし仮に、明日から急に手を抜き始めて、「私もそんなに頑張ってないよ〜」みたいな顔をしたとするよね。それで本当に欲しい関係性って、手に入るのかな?って。

シオン:仮面の素材を変えても、それが仮面であることに変わりはないだろう。

アキ:そうなんだよ。たぶん、相談者さんが本当に困っているのは「やる気があるように見えること」じゃない。「やる気の量と、人としての距離が連動してしまうこと」なんじゃないかな。
つまり「頑張っている人=気軽に話しかけちゃいけない人」っていう、周りの中にある勝手な公式。これに巻き込まれてるのが苦しいんだと思う。

シオン:その公式を作っているのは、必ずしもあなた自身ではない。けれどその公式の中に黙って立っていると、それを認めたことになってしまうのかもしれない。

アキ:だから変えるべきは「やる気の見せ方」じゃなくて、「自分の見せ方の幅」なのかも。仕事モードの自分と、ぐだぐだの自分。両方を同じ人たちの前で出していい。「nさん、こんな顔もするんだ」って思ってもらう瞬間を、ちょっとずつ増やしていく感じ。

例えば、ミーティングで真剣に話した直後に「あー、今日マジで眠い、誰かおごって」みたいな雑な一言を放り込むとかさ。役職としての顔と、ただの大学四年生としての顔を同じ場所に置いてみる。それだけで、周りの中にある公式は少しずつ溶けていくと思う。

本質的な結論:あなたが本当に求めているのは「やる気を隠す技術」ではなく、「真面目な自分」と「ゆるい自分」が同じ場所に共存していい、という許可です。
その許可は誰かが与えてくれるのを待つものではなく、あなた自身が小さな雑談や弱音や冗談を通して、少しずつ周りに差し出していくもの。頑張りを減らす必要はありません。
減らすべきなのは「頑張っている自分しか見せてはいけない」という、あなたの中の見えないルールのほうです。

※もし「人にどう見られるか」が頭から離れず、日常生活や睡眠に影響が出ているように感じる場合は、大学の学生相談室や専門の相談窓口を活用することも選択肢のひとつです。一人で抱え込まないでくださいね。

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