君に振れる仕事がない。別の会社に移ってくれないか
もう二ヶ月、私のタイムカードは押されていない。
正確に言えば、押させてもらえていない。ある日、上司から「今、君に振れる仕事がない。別の会社に移ってくれないか」と告げられた。あの時の事務所の蛍光灯の白さを、今でも覚えている。窓の外では宅配便のトラックが何事もなく走っていて、世界はいつも通りなのに、私の足元だけが急に抜けたような感覚だった。
仕事はない。給料も振り込まれない。それでも在籍はしているから、宙ぶらりんのまま二ヶ月が過ぎた。請求書を出しても返事はない。労働基準監督署に相談して指導も入ったらしいが、会社はそれすら無視している。要するに、私が音を上げて自分から辞めるのを向こうは黙って待っている。
冷蔵庫の中身は日に日に寂しくなる。家賃の引き落とし日が近づくと、通帳を開くのが怖くなる。怒りや悔しさより先に、「とにかく今月をどう乗り切るか」という生活の重みが背中にのしかかってくる。
だから私は決めた。今の会社のことは一旦保留にして、別のアルバイト先で働く。半年ほどそこで稼ぎ、弁護士費用を貯めてから、改めてあの会社を訴える。
──この順番で、いいのだろうか。怒りを後回しにすることは、負けを認めることになるのだろうか。
ケンゴ:結論から言う。その判断は、間違っていない。
「読ませてもらった。先に言っておく。あなたが選んだ『まず別のバイトで生活を立て直し、後から訴える』という順番は、戦略として真っ当だ。むしろ、そこに踏みとどまって考えられたことに敬意を払いたいと思う」
「労働問題というのは、正義の側にいる人間ほど消耗する構造になっている。会社は時間を味方につけられる。給料を払わずに放置すれば、こちらの生活体力が先に尽きる。向こうはそれを知っていて待っているわけだ。
だからまず、自分の生活基盤を立て直す。これが第一だ。腹を立てて訴訟に飛び込む前に、半年分の兵糧を確保する。それは逃げではなく、長期戦に備える布陣だと思う」
「ただし、いくつか押さえておくべき点がある。証拠の保全だ。雇用契約書、給与明細、シフト表、上司とのやり取り(メール・LINE・録音)、労基署に相談した際の記録。これらは時間が経つほど集めにくくなる。今のうちに手元に揃えておくことだ」
サキ:怒りを後回しにすることは、負けじゃないですよ
「読んでいて、胸が詰まりました。二ヶ月、給料も仕事もないなかで、それでも『生活をどうにかしなきゃ』って動き出されたんですよね。それって、すごく強いことだと思うんです」
「私もフリーランスで働いていて、報酬の未払いに泣き寝入りしかけたことがあります。あのとき一番しんどかったのは、お金そのものより『怒っていいはずなのに、怒る余裕すらない自分』に気づいた瞬間でした。生活が苦しくなると、人って怒りより先に疲労に飲まれるんですよね」
「だから、訴えるのを後回しにする選択は決して『諦め』じゃないですよ。むしろ、ちゃんと闘うために体力を回復させるっていう順番ですよね。半年後のあなたが、今のあなたを守ってくれる。そう考えていいと思います」
気づき:「順番を間違えない」という、もうひとつの正義
私たちはつい、「正しいことは、すぐに行動に移さなければならない」と思い込んでしまう。理不尽に対しては即座に声を上げるのが正解だと。
けれど、現実の労働問題はマラソンに近い。短距離走の感覚で飛び出せば、息切れして途中で立てなくなる。あなたがいま自分に問うべきは、「闘うか、諦めるか」ではない。「いつ、どんな体勢で闘うか」だ。
生活を立て直すための半年は、逃げの半年ではない。次に立ち上がるための、助走の半年だ。
本質的な結論
「他のバイトで生活を立て直し、半年後に弁護士費用を貯めて訴える」という選択は、戦略として十分に成立します。ただし成立させる条件は二つ。
①現職を一方的に放置せず、退職するのか在籍を続けるのかを書面で整理しておくこと。
②証拠(契約書・給与明細・やり取り・労基署相談記録)を今のうちに保全しておくこと。
この二つを押さえれば、半年後のあなたは今のあなたより、ずっと有利な場所に立っています。
なお、賃金請求権には時効があります(現行の労働基準法では当面3年)。半年待つこと自体は問題ありませんが、放置しすぎないこと。心身に強い不調を感じる場合は訴訟を考える前に、まず労働組合(個人加盟ユニオン含む)や法テラス、自治体の無料法律相談など、費用負担の少ない専門窓口への相談もご検討ください。一人で抱え込む必要のある問題ではありません。
参考になる相談窓口
- 法テラス(日本司法支援センター):収入要件を満たせば、弁護士費用の立替制度あり
- 総合労働相談コーナー(各都道府県労働局):無料・予約不要
- 個人加盟できる労働組合(地域ユニオン等):団体交渉という選択肢もある



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