はがきは、誰のために出すのか
よりみちナビゲーターの対話
アキ: ここまで口実の数とか、頻度とか、文面とか、いろいろ話してきたよね。でも最後に私、ひとつだけ正直な気持ちを言ってもいい? この子がはがきを出したい本当の理由って、たぶん「忘れられたくない」じゃなくて、「この気持ちをどこかに出したい」なんじゃないかなって思うんだ。
サキ: ……アキさん、それはとても大切なことをおっしゃいましたね。会えない時間、想いは行き場を失って、心の中でぐるぐるしてしまう。はがきは相手に届ける手段であると同時に、自分の気持ちに形を与えて、少し外に置いてあげる作業でもあるんですよね。
ケンゴ: 二人の見方に、私はあまり感傷的なことは言えない立場だが──否定はしない。実際、書くという行為には自分の考えを整理する効用がある。相手に届くかどうかとは別に、書いた本人が落ち着く。それは事実だと思う。
シオン: ……皆さんの話を、静かに聞いていた。一つ、問いを置いてもいいだろうか。
このはがきは、相手に届いた瞬間に役目を終えるのか。それとも投函する前、切手を貼り宛名を書き、あの人の顔を思い浮かべているその時間の中に、もう役目のほとんどは果たされているだろうか。
アキ: ……あ。
シオン: 忘れられたくないという言葉を、この方は使った。けれど、本当に消えていくのを恐れているのは相手の記憶の中の自分ではなく、自分の中にあるこの想いそのものなのかもしれない。会えない時間が長くなるほど、想いは薄れる。その手前ではがきを書くことで、自分の気持ちに「まだここにある」と確かめている。そういうことも、あるのではないだろうか。
サキ: ……。切手を貼っているその時間が、いちばん幸せなのかもしれませんね。
シオン: 断定はしない。ただ、口実を探して苦しんでいたこの方に一つだけ差し出せるとすれば──口実は相手のためのものと思っていたけれど、本当は自分が想いに触れるための、小さな儀式だったのかもしれない。そう思えたなら、口実の数はたいした問題でなくなるかもしれない。
アキ: ……シオンさんにぜんぶ持っていかれちゃったな。でも、そうだよね。この子がはがきを出すたびに、この子自身の気持ちがちゃんと生きてるってことなんだ。それって相手に忘れられるかどうかより、ずっと大事なことかもしれない。
ケンゴ: ……私からも最後に一つだけ。書くという儀式を続けるうちに、いつか相手との距離が変わる日が来るかもしれない。そのとき、これまでの季節の便りは、あなたが誠実に時間を積み重ねてきた証拠になる。無駄にはならない。長期戦とはそういうものだ。
自分に問いかけるロードマップ
- はがきを書いているとき、あなたはどんな気持ちですか。切手を貼り、宛名を書き、ポストへ向かうその時間そのものがあなたにとって心地よいものなら、それはもう十分に意味のある行為です。
- もし、そのはがきに相手が一度も返事をくれなかったとしても、あなたは書き続けたいと思いますか。その答えの中に、この想いが誰のためのものなのかというヒントがあります。
- 「忘れられたくない」を「この想いを大切にしたい」と言い換えてみると、心はどう動きますか。焦りが少しだけ、静けさに変わるかもしれません。
本日の羅針盤
三章にわたって、遠い相手への便りをめぐって考えてきました。
第一章では、口実は三度きりではなく無限にあること、そして口実なしでも便りは出せることを。
第二章では、大切なのは口実の数ではなく、間隔とあなた自身の言葉であることを。
そして最終章でシオンが差し出したのは、こういう視点です。はがきという行為は相手に届く前に、あなた自身の想いを支えている。口実は相手のためであると同時に、あなたが自分の気持ちに触れるための静かな儀式なのだと。
だからどうか、焦らないでください。忘れられまいと数を数える必要はありません。桜が咲いたら、紅葉が色づいたら、畑のえんどう豆が採れたら。そのつどあの人を思い浮かべて、一枚書く。それをあなた自身が心地よいと感じる間隔で、続けていく。
その積み重ねが、いつか相手の中であなたを「季節とともに思い出す人」にしていくのか、あるいはもっと近い関係へと変わっていくのか、それは誰にも分かりません。けれど確かなのはその一枚一枚が、あなたの想いを生かし続けてくれるということです。
便りを出す口実を探していたあなたへ。口実はもう、十分にあります。いちばん確かな口実はあなたの中に今もある、その想いそのものなのですから。




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