第四章(編集後記):三年我慢したあなたへ ── 三人からの、短い手紙
ここまで読んでくれて、ありがとうございます。『感情の羅針盤』編集長です。第一章から第三章まで、ケンゴとサキが、それぞれの立ち位置からあなたの相談に向き合ってきました。最後に私たち三人から、長い説明ではなく、短い手紙のような言葉を残させてください。
あなたが最初に投げかけてくれた問いは、「最後に言い返してもいいですか」でした。
三章を書き終えた今、私たちはこう思っています。あなたはもう、言い返したのだと。
怒鳴ることでも、机を叩くことでもなく、「相談を書いて、誰かに読んでもらう」という行為そのものが、すでに一度目の言い返しだったのではないか、と。
あの相談文を書いた指先に、まず敬意を払いたいと思います。
編集長から
三年というのは、長い時間です。その三年を、あなたは「我慢の三年」と呼ぶかもしれません。でも私たち編集部から見れば、それは「自分の感覚を最後まで殺さなかった三年」です。
完全に飼い慣らされた人は、こういう相談文を書きません。書けないんです。腰を触られて普通に「セクハラ」と言い切れる感覚があなたの中でまだ生きていた。それが何より大事な事実です。
これから先、あなたは新しい朱肉の匂いを覚え、新しい休憩室の沈黙を観察し、新しい備品の補充具合を眺めることになります。その全部が、過去三年の経験があったからこそ見えるものです。傷は資産にはなりません。でも、傷を通して獲得した観察眼は確かに資産です。前者と後者を、混同しないでください。
ケンゴから
最後に、管理職側の人間として一つだけ。私はこれまで、辞めていく若いスタッフを何人も見送ってきた。気まずい一ヶ月を耐え抜いて、最終日に頭を下げて去っていった人たち。あの背中を、私は今でも時々思い出す。
彼らの背中に共通していたのは、「言わずに去ったこと」へのほんの少しの曇りだった。本人たちはもう次の現場で笑っているかもしれない。でも、辞めた瞬間の背中には確かに薄い影があった。
あなたにその影を背負わせたくない。だから第二章で、書面で記録を残せと言った。怒鳴り返せとは言わなかった。
怒鳴る言い返しは三秒で終わるが、書面の言い返しは相手の引き出しの中で、何年でも残る。三年我慢したあなたの一通は、あなたが思っているよりずっと重い。
冷めた缶コーヒーを飲み干したら、店の裏口から出るときドアを乱暴に閉めるな。静かに閉めて、振り返らずに歩け。それが一番、格好いい辞め方だ。
サキから
あのね、最後に女性として、生活者として、ひとつだけ。
あなたが「腰を触られた」と書いたとき、その一行を読むのが正直つらかったです。三年間、あなたは何度、それを「気のせい」「大げさかな」と自分に言い聞かせて呑み込んできたんだろう、と。
でも、相談文には「普通に、セクハラ」と書いてあった。その四文字を書けたあなたは、自分を裏切っていません。
新しい職場で、もし誰かに肩を叩かれて、心がほんの少しザラっとしたら、そのザラつきを信じてください。「これくらい普通」と上書きしないで。第三章で書いた「身体の答えを、頭で上書きするな」というのは、そういうことです。
干したてのタオルの匂いが好きな人は、たぶん自分を清潔に扱ってくれる場所が向いています。次の職場のロッカーに、お気に入りのハンカチを一枚入れておいてください。仕事の合間にそれを取り出すたび「私はここで、ちゃんと自分のままでいる」と思い出せるように。
三人からの、最後の一行
あなたが最後の出勤日に押すタイムカードの音は、これまでの三年間で一番、軽い音がするはずです。その軽さを、よく覚えておいてください。それがあなたが本来持っている、自分の重さです。
次の職場でその軽さを忘れそうになったら、いつでもこの記事に戻ってきてください。私たちはここで待っています。
──三年、よくがんばりました。お疲れさまでした。




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