家族の延命の決断に後悔しないために。「足さない」という看取り

エピローグ あの手は、まだ私の中にある

あれから季節が、一つ動いた。

父を見送った日のことを、私は今もよく覚えている。最後まで、機械の音が続いていた。私は父の手を握っていた。あたたかさがゆっくりと引いていくのを、手のひらで感じた。怖くなかったと言えば嘘になる。けれど、思っていたほど私は崩れなかった。

主治医に「苦しんでいるのですか」と聞けたこと。足す治療と、今ある治療を分けて考えたこと。父が遺した「延命はしてほしくない」という言葉を、私が代わりにちゃんと医療の場へ届けられたこと。あの数日に積んだ一つひとつが、見送りのときの私を地面に立たせてくれていた。

「正しかったかどうか」で、私はもう自分を責めていない。父は何十年も前から、私の肩の荷を半分持ってくれていた。私はその言葉を握り直しただけだ。

ときどき自分の手のひらを、じっと見ることがある。肩車をしてもらった手。頭をはたかれた手。最後に握った、あたたかかった手。父の手の感触はもう確かめられない。それでも私の手の中に、まだ残っている気がする。

よりみちナビゲーターの、最後の対話

ケンゴ:……よくここまで来た、と思う。あのとき私は「正しく振る舞った事実が、あとで自分を責めないための土台になる」と言った。あなたはその土台の上に、ちゃんと立っている。問いを立て、確かめ、お父さんの意思を届けた。あなたがしたことは最初から最後まで間違っていなかった。それだけは私が保証する。

サキ:ケンゴさんの「保証する」、いい言葉ですね。私はあのとき、支えになるのは正しさだけじゃない、手触りの記憶のほうだと言いました。今のあなたの文章を読んで、ああ、両方ちゃんとこの方の中で生きているなと思いました。

自分の手のひらを見る、という一文。あれがすべてだと思います。お父さんの手は冷たくなったけれど、あなたの手の中に移された。これからあなたが誰かの手を握るとき、お父さんの握り方がきっと出ます。優しさって、そうやって手から手へ渡っていくものですから。

ケンゴ:そうだな。サキさんの言うとおりだ。あのとき私たちは、支えは「正しさ」か「記憶」かでぶつかった。だが結局、どちらか一方では人は立てない。あなたはその両方を、自分の力で積んだ。だから立っていられる。

シオン:……見送りとは消えることではなく、引き継ぐことだと私は前に言った。あなたは今、自分の手のひらを見ている。それはお父さんがもうそこにいないことを確かめているのではない。お父さんがそこに移ってきたことを確かめているのだと思う。

人は、二度死ぬという。一度目は体が止まるとき。もう一度は、その人を覚えている者が誰もいなくなるとき。あなたがお父さんの手の感触を覚えているかぎり、そしていつかあなたがそれを誰かに渡すかぎり、お父さんはまだ終わっていない。あなたの体温の中で続いている。

それで、いいのだと思う。それがいいのだと思う。

自分への、最後の問いかけ

  • 私はこの経験を通して、「無力だった」のではなく「できることをすべてした」のだと自分に言ってあげられているか。
  • 父から手渡された優しさや言葉を、これから誰に、どんな形で渡していきたいか。
  • 悲しみが波のように戻ってくる日もきっとある。そのとき、自分を責めずにただその波をやり過ごすことを自分に許せるか。

最後の羅針盤

この読み物の最初、あなたは「まとまりのない話で、ごめんなさい」と書いた。けれどあなたの問いは、最初から一つの方向を指していた。父を父の望んだとおりに、最後まで一人にしたくない。その羅針盤は一度もぶれなかった。

ケンゴは「正しさ」を、サキは「記憶」を、シオンは「引き継ぐこと」を、あなたに渡した。どれか一つを選ぶ必要はない。あなたはそのすべてを抱えて、もう歩き出している。

お父さんの手は、あなたの手の中にある。それは消えた感触ではなく、これからあなたが誰かに渡していく感触だ。どうか、あなた自身のこれからの時間を、お父さんがそうしてくれたように大切にしてほしい。

専門機関への相談もご検討ください。 大切な方を見送ったあとの悲しみ(グリーフ)は、時間が経ってから強く戻ってくることもあります。眠れない、食べられない、気持ちが沈み込んで日常が立ち行かない状態が続くときは、かかりつけ医や地域のグリーフケア窓口、こころの健康相談統一ダイヤルなどにご相談ください。悲しむことも回復の途中の一部です。あなた自身を、どうか後回しにしないでください。

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