第三章:五年後の自分に、夜の散歩で会う
ふと、五年後の自分を想像してみる。三十二歳。どこでどんな仕事をして、夜、何を食べているのか。
想像しようとして、画面が暗いままになる。何も浮かばない。それが少し怖い。
よりみちナビゲーターの対話
ケンゴ:五年後が想像できないというのは、別に異常なことではない。むしろ二十代後半で五年後を鮮明に描けている人間のほうが、私から見ると少し心配だ。描けるということは、視野が狭くなっているということでもある。だから「想像できないことが怖い」という感覚自体は、健康な反応として受け止めていい。
サキ:ケンゴさん、いきなり力強いですね。
ケンゴ:……すまない、前のめりになった。ただ、この方は「五年後が見えないから動けない」のではなく、いま「動かないから五年後が見えない」状態にいる気がしている。順番が逆なんだ。先に動いて、動いた結果として五年後の輪郭がうっすら見えてくる。逆ではない。
サキ:その順番、私もそうだったのでわかります。私自身、フリーランスになる前は「五年後の自分」なんて一度も描けなかった。描けるようになったのは、動き始めてから二年くらい経った頃でした。だからいま描けないことを、ご自分の弱さと思わないでほしいというのが私からのお願いです。
ケンゴ:そのうえで、長期の話を一つだけ。あなたが「単純作業中心の働き方が合っている」と感じているのはたぶん本当だ。だが、そこに一つだけ現実的な観点を加えておきたい。──四十代、五十代になったときに、その働き方を続けられる体力と環境があるかという視点だ。倉庫作業は若いうちは耐えられるが、立ち仕事と重量物の扱いは、加齢とともに身体に効いてくる。だから「単純作業が合っている」を出発点にしつつも、「座って、手順が明確で、対人突発対応が少ない仕事」へと徐々に軸足を移していく中長期の絵を、ぼんやりとでも持っておきたい。
具体的にはデータ入力、事務センターのオペレーター(電話応対のないバックオフィス)、図書館・資料管理、検査・品質管理、経理補助、IT系のテスター職など。いずれも「人と話すのが得意でなくても、手順を覚えれば回せる」種類の仕事だ。
ここに到達するために、いまから少しずつ簿記三級でもMOS(Microsoft Office Specialist)でも独学で取れる資格を一つ、生活のどこかに置いておく。これは「いまの職場を辞めるための準備」ではなく、「五年後の自分に、選択肢を残しておく」ための作業だ。
サキ:資格の話、賛成です。ただ、私から付け加えるなら──いま薬を飲みながら勤務されている状態で、さらに資格の勉強を上乗せするのはしんどい時期もあると思うんです。だから「やる日」と「やらない日」を分けていいし、月に二時間でも開けばいい、くらいのゆるさで始めるのがいいと思います。完璧にやろうとして潰れた経験、私にはあるのでそれだけはお伝えしたくて。
ケンゴ:その注意は必要だ。私は構造の話をするとき、つい「やるべきこと」を積み上げてしまうが、積み上げた結果として崩れたら本末転倒だ。──月に二時間でも十分だ。やらない月があってもいい。
サキ:もう一つだけ。五年後の話をするとき、「仕事」のことばかり考えなくていいんですよ。五年後、どんな部屋に住んでいたいか。どんな本棚があって、どんなアニメを見て、どんな朝ごはんを食べているか。そういう「生活の絵」のほうから逆算しても、働き方は決まってきます。手取り十四万で満ち足りる生活もあれば、手取り三十万でも消耗する生活もある。額じゃなくて、「その額で、自分はどう暮らしたいか」が先にある。
シオン:……五年後というのは、本当はそれほど遠くない。だが、人はその五年を、たいてい「いまの延長線上」で想像しようとする。だから見えなくなる。
一つ、別の問い方を差し入れてもいいだろうか。──「五年後、何をしていたいか」ではなく、「五年後、何をしていなくて済んでいたいか」と、問い直してみてはどうか。
突発対応に怯える朝を迎えることなく、暮らしていたい。薬がないと立てない朝が訪れることなく、暮らしていたい。相手に合わせたキャラを演じず、暮らしていたい。──そう問い直したときいまの自分が何から離れていきたいか、何を残していきたいか、輪郭がはっきりすることがある。
人は欲しいものより、手放したいものの輪郭のほうをはっきり持っていることが多い。
自分に問いかけるロードマップ
今夜、寝る前にでもノートの端に書いてみてください。
- 五年後、自分が「もう過ごしていなくて済んでいたい朝」は、どんな朝か
- 五年後、自分が「まだ大事にしていたいもの」は何か(ゲーム、アニメ、一人で過ごす時間、夜の散歩──何でもいい)
- いまの仕事のなかで、「四十代になっても続けられそうにない部分」はどこか
- 月に二時間でいい、「五年後の選択肢」のために手をつけられそうな勉強や調べ物は何か
- 「手取りの額」ではなく、「その額で送りたい生活」の絵を三行で書くとしたら、何と書くか
本日の羅針盤
第三章でお伝えしたかったことは一つです。五年後は、いま描けなくていい。描けるようになるのは、動いてからです。
ケンゴは「単純作業を出発点にしつつ、座って手順が明確な仕事へ軸足を移す中長期の絵をゆるく持っておけ。月に二時間でいい、自分に選択肢を残す勉強をしておけ」と言いました。
サキは「仕事のことだけで五年後を考えなくていい。生活の絵から逆算していい。完璧にやろうとして潰れないでほしい」と言いました。
シオンは「五年後、何をしていたいかではなく、何をしていなくて済んでいたいか問い直してみては」と差し入れました。
三人の言葉はそれぞれ違う方向から、同じ一つのことを指していると編集部は感じています。──あなたが自分の輪郭を保てる場所まで、ゆっくり歩いていっていい。 走らなくていい。立ち止まる週があっていい。革靴の底が減るペースで十分です。
第一章から第三章までを通じて、あなたに残したい言葉を最後に三つ書いておきます。
ひとつ。「正社員に向いていない」のではなく、「この職場の条件が、あなたの特性に対して厳しすぎる」可能性が高い。 自分の適性と職場の構造を、切り分けて見てください。
ふたつ。「動きながら、材料を集める」。 辞める辞めないの二択を、いますぐ決めなくていい。エージェント登録、未払い賃金の記録、主治医との情報共有、求人を三件眺める──このうち今週一つだけ動けば、それで十分です。
みっつ。倉庫の日々の記憶を、軽く扱わないでください。 それは逃げではなく、あなたが自分の体と折り合えていた貴重な自己データです。
心療内科への通院は、引き続き大切にしてください。労働条件の具体的なご相談は、各都道府県労働局の総合労働相談コーナーで無料・匿名で対応してもらえます。お一人で抱え込まれず、必要に応じて専門機関の力を借りていただければと思います。
あなたの夜の散歩が、少しだけ軽くなりますように。




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