毒親だった母が認知症に。介護の苦しみと幼少期の傷を切り分ける生き方

第二章 「許さないまま世話をする」という選択肢 ― 娘でも介護者でもない、私という人間のための時間

母の家を出て、自分のアパートに戻る道。コンビニの灯りがやけに白く見える夜がある。レジで温かいお茶を一本買って、外のベンチで蓋を開ける。湯気が夕闇の空気にほどけていく。その十分間だけが誰の娘でもない、誰の介護者でもない、ただの私の時間だ。

家に帰れば、洗濯物が溜まっている。明日の会議の資料も、まだ目を通していない。けれどこのベンチに座っている数分を削ってしまったら、私はきっと明日の朝、母にやさしい嘘をつけなくなる。

サキとシオン、二人の対話(続き)

サキ:第一章で、「許すことと世話をすることは別」というお話をしましたよね。今日はもう少し具体的に、その「分け方」のことを話してみたいんです。

シオン:分けるという作業は頭で理解しても、身体がついてこないことがある。具体的な手触りが必要だろう。

サキ:そうなんですよね。私が育児で疲弊していた頃、ある先輩に言われた言葉があるんです。「役割と人格は、別の引き出しに入れときな」って。母親としての自分、妻としての自分、仕事をしている自分。それを全部一つの引き出しに突っ込むと、開けるたびにぐちゃぐちゃになる。だから引き出しを分ける。

シオン:あなたの場合も同じかもしれない。「娘としての自分」「介護者としての自分」「ひとりの人間としての自分」。この三つは本来、別の引き出しに入っていていい。

サキ:「介護者としての自分」はケアマネさんと連絡を取り、薬を管理し、デイサービスの送り出しをする。これは技術と段取りの仕事です。感情を込めなくても回せる部分がある。むしろ、感情を込めすぎると続かないんです。

シオン:「娘としての自分」は、母の「面倒みてね」に「うん」と返す自分だ。ここには演技が含まれる。けれど演技をしている自分を責める必要はない。それは認知症の母を不安にさせないための、一種の専門技術と捉えてよい。

サキ:そして三つ目、「ひとりの人間としての自分」。ここがいちばん大事なのに、いちばん後回しにされがちなんです。あなたが今いちばん飢えているのは、この時間じゃないかと思うんです。

「私の時間」を、罪悪感なしに確保する

シオン:介護を担う者はしばしば、「自分のために何かをすること」に罪悪感を抱く。しかし、考えてみてほしい。あなたが倒れたら誰が母を支えるのだろうか。

サキ:これ、本当にそうなんです。介護者の心身が崩れると、介護そのものが崩れる。だから「自分を労(いた)わる時間」は贅沢ではなくて、システムの一部なんです。介護計画の中に、最初から「介護者の休息時間」を組み込んでおく。これ、ケアマネさんに相談していい話なんですよ。

シオン:ショートステイ、デイサービスの利用日数の調整、訪問介護の活用。これらは制度として用意されているものだ。「母が嫌がるから」と遠慮する必要はない。あなたが続けられる形を作ることが、結果として母の生活も支える。

サキ:それからもう一つ、お伝えしたいことがあって。「毎日一回顔を出す」というのは、本当に必要な頻度でしょうか。これ、責めているんじゃないんです。むしろ、あなたが自分に課している基準が誰のためなのかを、一度立ち止まって考えてほしくて。

シオン:毎日訪問することで、誰かの声を遮断しているのかもしれない。「あなたは親不孝な娘だ」という、内なる声を。けれどその声の出どころは、もしかするとあなた自身ではなく、幼い日に植え付けられた基準なのかもしれない。

サキ:週に一日、訪問しない日を作ってみる。その日はヘルパーさんや見守りサービスに任せる。最初は落ち着かないかもしれません。その「落ち着かなさ」こそが、あなたが自分に課してきた重荷の正体を教えてくれます。

幼い自分に、今日の私が会いに行く

シオン:第一章で、四十年前の布団の中で待っている小さな子供の話をした。あの子に、今のあなたが会いに行く方法をひとつだけ提案したい。

サキ:聞かせてください。

シオン:夜、眠る前に三分でいい。目を閉じて、熱を出して横たわっている小さな自分を思い浮かべる。そして今のあなたが、その子の枕元に座る。何も言わなくていい。ただ、額に手を当てる。それだけだ。

サキ:イメージワークと呼ばれる手法に近いですね。もし一人でやるのが難しければ、臨床心理士さんと一緒に取り組むこともできます。トラウマに近い記憶を扱う場合は、専門家の伴走があったほうが安全です。

シオン:母にしてもらえなかったことを、今のあなたが過去のあなたにしてあげる。これは母の代わりを自分でするということではない。母の不在を認めたうえで、それでも自分を温めるという独立した行為だ。

サキ:母が亡くなったあと、「もっとやさしくしてあげればよかった」と思う日が来るかもしれません。あるいは、「やっと終わった」と感じる日が来るかもしれません。どちらの感情も、あなたを冷たい人間にはしません。両方とも、長く複雑な関係を生き抜いた人間の正直な反応です。

本章の結論

「許してから世話をする」のではなく、「許さないまま、必要な世話をする」という生き方は可能です。そのために、自分を三つに分けてみてください。
①介護者としての自分(技術と段取り)
②娘としての自分(やさしい嘘も含む役割)
③ひとりの人間としての自分(誰の役割でもない時間)
三つ目を守ることは贅沢ではなく、介護を継続するためのインフラです。そして幼い日の自分を抱きしめ直す作業は、母との関係の外側で自分のペースで進めていく独立した仕事だと考えてください。母の介護とあなたの回復は、同じ時間軸の上で別々に進めていいのです。

使える制度・相談先のご案内

  • 地域包括支援センター:お住まいの市区町村ごとに設置されている、高齢者の介護と家族介護者の相談窓口です。介護者自身の悩みも相談できます。
  • ケアマネージャーへの相談:訪問頻度の調整、ショートステイの活用、レスパイトケア(介護者の休息のためのサービス利用)について、遠慮なく相談してください。
  • 家族会・介護者の集い:自治体や認知症関連の団体が開催する、介護者同士が話せる場があります。同じ立場の人と話すことで、自分だけが感じていると思っていた感情が、実は多くの人が抱えるものだとわかります。
  • 臨床心理士・公認心理師によるカウンセリング:幼少期の体験が現在の感情に強く作用していると感じる場合、専門家との対話が助けになります。一部の自治体では家族介護者向けのカウンセリングを無料または低額で提供しています。
よりみちナビゲーター

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