今から少しだけ準備しておく ― 終わりを見据えることは、冷たさではなく、生き延びる作戦です
母の家の冷蔵庫を開けると、賞味期限の切れた豆腐が入っていることがある。私が買って入れたのに、母は「誰が入れたの」と訝しがる。そういう小さな出来事が、少しずつ増えていく。
帰り道、電車の窓に映る自分の顔を見てふと思う。母がいなくなったら、私はどんな顔をしているんだろう。安堵か、後悔か、それとも、ぽっかりと空いた何かを抱えてしばらく立ち尽くすのだろうか。
こんなことを考える自分を、薄情だと責める気持ちもある。けれど同時に、誰かに「考えてもいいんだよ」と言ってほしい気持ちもあるのだ。
サキとシオン、二人の対話(続き)
サキ:今日はちょっと、踏み込んだ話をさせてください。「母が亡くなったあとのあなた」のことです。
シオン:多くの介護者が、この話題を口にすることをためらう。まだ生きている人の死を想像することが、不謹慎に感じられるからだろう。
サキ:でもね、これは不謹慎じゃないんです。むしろ、長く介護を続けるために必要な準備なんですよ。私、育児のときに気づいたんですけど、「子どもが巣立ったあとの自分」を全く想像していなかった時期は、毎日が消耗戦でした。終わりが見えないと、人は息継ぎができなくなる。
シオン:介護も同じだ。「あと何年続くのか」という問いの裏には、「いつか終わる」という事実がある。その事実を直視することは、母を見捨てることではない。むしろ終わりがあることを知っているからこそ、今日を雑に扱わずに済む。
二つの感情が、同時にあっていい
サキ:介護の現場でよく聞く言葉があるんです。「亡くなったとき、悲しみと安堵が同時にきた」って。これ、本当に多くの方が口にされるんですよ。
シオン:その二つは、矛盾しない。悲しみは長い時間をともに過ごした相手への自然な反応だ。安堵は自分の人生を縛っていた重荷が下ろされたことへの、これも自然な反応だ。同時に存在することは、人間としてむしろ健全なことではないだろうか。
サキ:あなたの場合、もう一つ別の感情も来るかもしれません。「結局、和解できなかった」という宙ぶらりんの感覚です。映画やドラマだと、最期の瞬間に母が「ごめんね」と言ってくれて、娘が涙を流して許すみたいなシーン、ありがちですよね。あれ、現実にはほとんど起きないんです。
シオン:認知症が進めば、母はもう過去のあなたとの出来事を覚えていないかもしれない。謝罪を期待しても、その器自体が失われていくのがこの病の特徴の一つだ。
サキ:だから、和解を母から得ようとしないでほしいんです。これは諦めではなくて、別ルートを探すという話です。和解は、母との間で完結しなくていい。あなたが自分の中で、「母とは和解できなかった。それでも私は私の人生を生きる」と、自分自身に言い聞かせる作業として完結させていい。
「終わったあとの自分」を、今から育てる
シオン:介護が終わったあと、空白の時間が訪れる人が多いと聞く。長年、介護を生活の中心軸にしてきた人ほど、その軸を失ったときに自分が何者なのかわからなくなる。
サキ:これ、「介護後うつ」とか「燃え尽き」とも言われる状態ですよね。だからこそ、今からほんの少しでいいので「介護以外の自分」を育てておいてほしいんです。
シオン:大それた趣味でなくていい。週に一度、決まった喫茶店で本を読む。月に一度、誰かと食事をする。年に一度、行ったことのない街に降り立つ。そうした小さな点を、今のうちに打っておくこと。
サキ:その点は母が亡くなったあと、あなたを支える地図になります。「ああ、あの喫茶店があった」「あの友人がいた」と、戻れる場所が複数あること。それが、空白の時間を耐える力になるんです。
シオン:そしてもう一つ。母の介護を通して得たものを、いつかどこかで、別の形で使うという視点を持っておいてもよい。介護の経験は、あなたの中に確実に蓄積されている。それは苦しみだけではなく、人間理解の深さとして残るものだ。
サキ:急がなくていいんです。母が亡くなった直後に「経験を活かそう」なんて考えなくていい。ただ、いつかどこかで誰かの役に立つ日が来るかもしれないという小さな種だけ、心の隅に置いておく。それで十分です。
幼い日の自分への、最後のメッセージ
シオン:第一章で、四十年前の布団の中の小さな子供の話をした。第二章で、その子の枕元に今のあなたが座る方法を提案した。第三章で、もう一つだけ伝えたいことがある。
サキ:聞かせてください。
シオン:その小さな子供は、母から十分な愛を受け取れなかった。それは事実だ。けれどその子は自分で自分を育てて、ここまで来た。フルタイムで働き、認知症の母を支え、自分の心を保つ努力を続けている大人を、その子は内側から見ているはずだ。
サキ:いつか機会があったら、その子にこう伝えてあげてください。「あなたは、お母さんに愛されなかったかもしれない。でも、あなた自身があなたを諦めなかった。それは誰にも奪えない、あなたの財産だよ」と。
シオン:母を許す必要はない。母と和解する必要もない。ただ、自分で自分を育てた小さな子供を、今のあなたが認めてあげる。その作業だけは誰にも代わってもらえない、あなた自身の仕事だ。
第三章の結論
介護には、必ず終わりがあります。その事実を直視することは薄情さではなく、長く介護を続けるための呼吸法です。
終わりが訪れたとき、悲しみと安堵が同時に来ても、それはあなたが冷たい人間である証拠ではありません。長く複雑な関係を生き抜いた人間の、正直な反応です。
母との和解は、母との間で完結しなくてもかまいません。あなたが自分の中で「和解できなかった。それでも私は私の人生を生きる」と決める作業として、独立して完結させてください。そして今のうちに「介護以外の自分」を小さく育てておいてください。それはいつか訪れる空白の時間に、あなたを支える地図になります。
最後に、幼い日のあなたを今のあなたが認めてあげてください。母から得られなかった愛の代わりに、自分で自分を育てたという事実を、あなた自身の財産として受け取ってください。
仕事と介護の両立、そして「その後」の準備のために
- 介護休業・介護休暇制度:育児・介護休業法に基づき、対象家族一人につき通算九十三日まで介護休業を取得できる制度があります。また、年に五日(対象家族が二人以上の場合は十日)の介護休暇を取得できます。お勤め先の人事担当部署に確認してみてください。
- 家族会・介護者の集い:認知症の家族を介護する人が集まる場では、「介護が終わったあとの話」も語られます。先を歩いた人の経験は、教科書にはない知恵を含んでいます。
- グリーフケア:身近な人を亡くしたあとの悲嘆に寄り添う支援です。介護を終えたあとに利用できる窓口として、覚えておくだけでも安心材料になります。
- 専門家への相談:幼少期の体験と現在の介護が重なって苦しい場合、臨床心理士・公認心理師によるカウンセリングが助けになります。一人で抱え込まず、専門家の伴走を検討してください。
三章を通しての、編集部からの言葉
あなたの相談を読ませていただき、私たち執筆チームは、あなたが本当によくここまで歩いてこられたと、深く敬意を抱きました。
許せない母親の介護を担いながら嫌みを呑み込み、やさしい嘘をつき、それでも自分を見失わないように葛藤されているお姿は、決して「当たり前」ではありません。
どうか、ご自身を労(ねぎら)ってください。そして必要なときには、ためらわずに専門機関の扉を叩いてください。あなたが倒れないことが、あなた自身にとってもお母様にとっても最善の道です。



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