エピローグ ── 名前のないまま、季節が二つ
あれから季節は、二つ変わりました。
何かが進んだわけではありません。彼は相変わらず四時に釜の前に立ち、私は九時に店の鍵を開けて伝票を打ちます。休みの日に会うことも、月に一度か二度あります。それだけです。
ただ、増えたものはいくつかあります。
夏には、彼が水羊羹の型抜きを任されるようになりました。最初の一週間は角が甘くて、店長に何度も直されていました。私は店先からその背中を見ていて、直されるたびに自分の肩が動くのがおかしかったです。今は誰よりきれいに抜きます。
秋に入って、彼は栗の渋皮を剥く担当になりました。指先が茶色く染まって、洗っても落ちないと言って笑っていました。あの手で軽トラのハンドルを握る日が来るのだろうかと、伝票の数字を追いながら少し考えます。
変わったことをいくつか。
彼は最中を割らなくなりました。渡すときは必ず箱に入れて、「これ、味見です」ではなく「持って帰ってください」と言います。私は帰りの電車で袋の中を覗くのをやめました。家に着いてから湯を沸かして、座って食べます。メッセージは前より短くなりました。用事のない日は送りません。送らなくても平気になったからです。以前は返信が来ない三十分を数えていました。今は数えていないことに、数か月経ってから気づきました。
誰かに訊かれたら、私はまだ答えられません。同僚です、としか言えません。それでも朝の作業場で目が合ったときに、彼が小さく頷くだけの日があります。あの一秒のため、店に行っていると思う日もあります。
「他に誰か来るんですか」と、彼はいまだに訊きません。私ももう訊きません。
よりみちナビゲーターより、最後に
アキ:型抜きの角が甘くて、肩が動いたって話がいちばん好きだな。それ応援じゃなくて、もう半分自分ごとになってるってことだよ。恋って告白の日じゃなくて、こういう一秒の積み重ねでできてるんだと思う。あと、返信を数えなくなったことに数か月後に気づくっていうのがすごくいい。こういう気づきって、あとからしか分からないんだよね。
サキ:家に帰って、湯を沸かして、座って食べる。この三つが揃うようになったことが、私は何よりだと思います。以前のあなたは袋を開けられなかった人でした。今はいちばんおいしい形で食べている。
ものの受け取り方が変わったなら、人の受け取り方も変わっているはずです。名前のないまま季節が二つ過ぎたことを、停滞と呼ばないでほしいのです。渋皮の色が指に残るくらいの時間は、ちゃんと流れています。
ケンゴ:私は当初、待つことを勧め、次に撤回し、最後は場所を分けろとだけ言った。結果としてあなたは私の助言の外側で、自分のやり方を見つけたことになる。それでいい。付け加えることがあるとすれば一つだ。
彼は今、技術をひとつずつ増やしていく時期にいる。水羊羹の角、栗の渋皮。そうやって手が仕上がっていく数年のあいだ、隣で見ていられる人間は多くない。あなたはその席にいる。名前がなくても、それは相当に得がたい位置だ。
アキ:ケンゴさん、それ、けっこうな殺し文句だよ。
ケンゴ:事実を述べたにすぎない。
本日の羅針盤(最終)
決まらないまま続いているものを、未完成と呼ぶ必要はありません。
あなたが最初に送ってきた問いは、「彼はどう思ったか」でした。今のあなたは、彼が何を思ったかを知らないまま、朝の一秒を数えて暮らしています。答えは出ていません。それでも困っていないなら、その問いはもう役目を終えています。
いつか名前がつく日が来るかもしれません。来ないかもしれません。どちらであっても、水羊羹の角が揃っていく夏と指が茶色くなる秋は、あなたのものとして残ります。
中学生のような質問だと、あなたは書いていました。私たちは笑いませんでした。笑う理由が最後まで、一つも見つからなかったからです。
【感情の羅針盤】編集部一同



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