エピローグ:玉ねぎで泣いた子に、私が言ったこと
十一月になりました。
バス停のことから書きます。あれから彼とは週に二度か三度、同じ便になります。挨拶をして、天気の話をして、たまに彼が読んでいる本の話をします。それだけです。連絡先は知りません。名字は知りました。渡辺さんといいます。
私はもう、四時五十分に目が覚めません。ちゃんと五時十分の目覚ましで起きます。渡辺さんがいてもいなくても、バスは来ます。この三か月で私が手に入れたのは、たぶんそれです。
書きたかったのは先週のことです。
店に、十九歳の子が入りました。高校を出て一度働いて、辞めて、また働きはじめたという子です。名前を柚木さんといいます。声が小さくて、目を合わせません。私と同じだと思いました。
先週の水曜、その子が玉ねぎを二十個分、切り方を間違えました。きんぴら用の細切りにするところを、全部くし形に切ってしまったのです。仕込みの終わり際でした。作り直す時間はありません。
店長が「あー」と言いました。責めたわけではありません。ただ「あー」と言っただけです。
その子はまな板の前で動かなくなりました。それから、泣きはじめました。玉ねぎのせいにできる場所で泣くのは、ずるくて賢いと思いました。私も昔、同じことをしました。
私は手を拭いて、隣に立ちました。何を言えばいいのか、まったく分かりませんでした。五十二年生きて、こういうときの言葉をひとつも持っていないのです。
しばらく黙って、それからこう言いました。
「くし形のほうが、うちの肉じゃがには合うから。今日はこっちを先に出しましょう」
それだけです。慰めていません。「大丈夫」も「気にしないで」も言っていません。ただ切ってしまったものの行き先を、一緒に決めただけです。
その子は、鼻をすすって、「はい」と言いました。
肉じゃがは、その日の夕方に売り切れました。
帰り道、私は自分が言った言葉を何度も思い返していました。渡辺さんのことを思い返していたのとは違う種類の反芻でした。
私は、切ってしまったものの行き先を決めることができる人間だったのです。八年前の自分に、それを言ってやりたいと思いました。楽譜を渡した翌週から顔を見られなくなった、あの人にです。あれは失敗ではなくて、くし形だっただけです。
よりみちナビゲーターの対話
サキ: 「あれは失敗ではなくて、くし形だっただけです」。……すみません、少し時間をください。
アキ: 私も。ちょっと待って。
サキ: ……失敗を、切り方の違いに言い換えたんですよね。捨てるでもなく、なかったことにするでもなく、別の献立に回した。
私、この方が自分の八年をそんなふうに扱える日が来るまでには、まだずいぶんかかるだろうと思っていました。それが玉ねぎ二十個で足りてしまった。いえ、足りたという言い方は違いますね。玉ねぎ二十個が、必要だったということだと思います。
アキ: しかもさ、慰めてないんだよ。「大丈夫」って言ってないの。私だったら絶対言っちゃう。「大丈夫だよ、私もよくやるよ」って。
それ、優しいようでその子の失敗をなかったことにしてるんだよね。この人はくし形に切られた二十個を、ちゃんと二十個のまま数えて、その上で行き先を決めた。……強いなあ。
サキ: 強い、ですね。
アキ: 強い。本当に強い。
サキ: 私が思うのは、この方はずっと「言葉を持っていない人」として自分を認識してきたということです。好きな人の前で頭が真っ白になる、気の利いたことが言えない。でも先週の水曜、この方は言葉を持っていた。持っていなかったのではなく、恋の場面でだけ出てこなかったんですね。
シオン: ……私は、玉ねぎのせいにできる場所で泣くという一行が忘れられない。ずるくて賢い。この方はその子を見抜いていながら、見抜いたことを口にしなかった。泣いている理由を暴かないというのは、なかなかできることではない。
アキ: そっか。「玉ねぎのせいだよね」って言ってあげるのが優しさだと思われがちだけど、それも暴いてることになるのか。
シオン: どちらが正しいということはない。ただ、この方は黙って隣に立ち、切り方の話だけをした。八年前に、楽譜の頁数だけを伝えたあの人と同じ人だ。同じ人が同じことをして、今度は誰かを助けている。
サキ: ……ああ。同じことをしているんですね。
シオン: 「二十二ページからです」も、「くし形のほうが肉じゃがには合うから」も、事実だけを短く渡す言い方だ。この方はずっと、同じ話し方をしてきた。それを八年、口下手と呼んでこられた。実は呼び名が変わっただけかもしれない。
アキ: ……ずるい。シオンさん、そういうこと最後に言うのずるいよ。
サキ: それともうひとつ。肉じゃがが売り切れたこと。これ、書かなくてもいい一行なんです。でも書かれた。その日の夕方に、知らない誰かがくし形の玉ねぎを買って帰った。柚木さんの失敗は、誰かの晩ごはんになったのです。生活って、そういうふうに続いていくんですよね。
ケンゴ: ……ひとつだけ、言わせてもらいたい。私は初回から、この方に「偶然に賭けるな、場を設計しろ」と言い続けてきた。三か月経って、この方は渡辺さんとの場を増やしていない。連絡先も交換していない。私の助言は、採用されなかったということだ。
サキ: ケンゴさん。
ケンゴ: それでいいと思っている。この方は私が想定した場所とは違うところで、自分の立ち方を手に入れた。四時五十分に目が覚めなくなったというのは、そういうことだろう。設計されなかった人生のほうが、うまくいくこともある。……私からは以上だ。
自分に問いかけるロードマップ
- 柚木さんに言えたあの一言を、あなたは八年前の自分にも言えますか。声に出してみると、どんな感じがしますか。
- 「私は、切ってしまったものの行き先を決めることができる人間だった」。この「切ってしまったもの」には、玉ねぎ以外に何が入りますか。
- 渡辺さんの名字を知った日のことを、あなたは書きませんでした。書かなかったのはなぜですか。
- 五時十分の目覚ましで起きられるようになった朝を、あなたは「何も起きていない朝」と数えていませんか。
本日の羅針盤
三章とこのエピローグを通して、四人が別々のことを言いました。最後まで一本にはなりません。それでいいのだと思います。
あなたが最初に書いたのは、「彼と話せるようになりたい」でした。三か月後、あなたは週に二、三度、天気の話をしています。連絡先は知りません。それを進展と呼ぶかどうか、あなたが決めることです。
ただ、もうひとつのことが起きました。あなたはまな板の前で泣いている、十九歳の隣に立ちました。何も持たないまま立って、切ってしまったものの行き先を一緒に決めました。八年間、あなたが自分を責め続けてきたその話し方が、そのまま誰かの役に立ちました。
くし形に切られた二十個は肉じゃがになって、夕方までに売り切れました。誰が食べたのかは、あなたも知りません。
あなたの八年も、たぶんそういうものです。どこかで誰かの晩ごはんになっています。
五時十分に起きて、バスに乗って、玉ねぎを刻む。渡辺さんがいる朝も、いない朝もあります。それがこの相談の答えです。




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