「結婚を目標にするのは順序が逆?」その違和感が示す、本当の問い

相談所は「結婚したい」が先に立って、そこから人を探しにいく場所

洗い終わったマグカップを布巾で拭きながら、ふと手が止まることがあるんです。窓の外では、隣の家の犬が低く鳴いている。私は四十代前半、地方都市の郊外で母と二人で暮らしています。日中は近所の小さな書店でパートをしていて、夕方になると母の好きな煮物の匂いが台所に広がります。穏やかな生活です。ありがたい、と思っています。

先月、書店の常連さんから、ある結婚相談所のチラシを「よかったら」と手渡されました。悪気のない親切な顔でした。家に帰って、テーブルの上にそれを置いたまましばらく眺めていました。きれいな写真、にこやかなカップル、「あなたの幸せを設計します」という言葉。

そのとき、胸の奥でちいさく引っかかったんです。──順番が、逆ではないかと。

私の感覚では、いい人と出会う、心が動く、一緒にいたいと思う、その先に結婚という形が見えてくるというのが、自然な流れでした。けれど相談所は「結婚したい」が先に立って、そこから人を探しにいく場所のように見える。目的が先で、相手は後から埋める。それは恋愛とは、まったく別の何かなのではないか。

でも、こんなふうに引っかかる私のほうが世間の感覚からズレているのかもしれません。友人は「贅沢を言える歳じゃないでしょう」と笑います。母は何も言いませんが、ときどき仏壇の前で長く座っています。チラシはまだ、テーブルの隅に置いたままです。

順序が逆だと感じるこの違和感は、ただの理屈っぽさなのでしょうか。それとも私が大事にしたい何かを、ちゃんと指し示しているものなのでしょうか。

サキ:まず、その感覚そのものを否定しないでおきましょう

サキ:チラシをテーブルの隅に置いたまま、何日も眺めている。その感じ、伝わってきますよ。すぐにゴミ箱には入れられない。でも、申し込みもできない。その「保留の時間」って、実はとても大事な時間ですよね。心が何かを確かめようとしている時間です。

サキ:そして、「順序が逆ではないか」という違和感。これはご相談者さんが、人との関係を雑に扱いたくないというまっとうな感覚から出てきているものだと思うんです。先に「結婚」という枠があって、そこに人を当てはめていく。そう聞くと、相手の人格が条件のチェック項目に縮められていくような気がしてしまう。その引っかかりは、健やかなものですよね。

サキ:だからまずはその違和感を、おかしなものとして処理しないでください。違和感は価値観の輪郭です。「私はこういう扱い方を、人にも自分にもしたくない」という、静かな声です。

シオン:けれど、その「順序」は本当に普遍的なものだろうか

シオン:その上でもう少しだけ、視野を広げてみてもよいかもしれない。「好きになってから結婚する」という順序を、私たちはいつから「自然」だと感じるようになったのだろうか。

シオン:人類学者のクロード・レヴィ=ストロースは、世界中の親族の仕組みを長く調べた人だ。彼が見つけたのは結婚というものが洋の東西を問わず、どの社会でも二人の感情の結果ではなく、集団と集団のあいだの「交換」として組み立てられてきた、という事実だった。誰と誰が結ばれるかは、家や氏族の関係を編み直すための、社会的な仕掛けだったのだ。

シオン:もちろん、そこに恋情がなかったわけではない。けれど「まず二人が好き合い、その結果として結婚が生まれる」という順序が、社会全体の建前として正面に立つようになったのは人類史のなかではごく最近──近代以降のことだと言ってよい。「恋愛結婚」という言葉そのものが、その新しさの証拠だろう。

サキ:そう考えると、相談所という場所も少し違って見えてきますね。あれは「順序を狂わせる装置」というよりも、もっと古い時代に村の年長者や仲人さんが担っていた、「人と人をつなぐ仲立ち」の役割を現代の形で引き継いだものなのかもしれません。お見合いだって、もともとはそういう仕組みでしたよね。

シオン:そして人間にはもう一つ、見落とせない層がある。子孫を残し、世代をつないでいくという、生き物としての長い時間の流れだ。「いい人がいたら、結果として結婚に至る」という順序は、その流れに身を任せられる環境があってこそ成り立つ。
出会いの母(ぼ)集団が十分に大きく、若く、時間がたっぷりある場合にはそれでよい。けれど環境がそうでないとき、人間は古来、仲立ちの仕組みを発明してその不足を補ってきた。相談所はその系譜の末端に位置している、と見ることもできる。

気づきのために、少し立ち止まる

ここまでを並べてみると、こういうことが見えてきます。

ご相談者さんが大切にしたい「先に心が動いてから、形を考える」という順序は、人として誠実な姿勢です。それは守ってよい価値観です。一方でその順序が「人類普遍の自然な流れ」かというと、実はそうではない。むしろ歴史的には「先に縁組の枠があり、そこに二人が入っていく」という形のほうが、長いあいだ主流でした。

つまり、「結婚したい→いい人を探す」という順序は、ご相談者さんの感覚からは逆に見えても、人類の長い記憶のなかでは、決して異常な順序ではないのです。

そう気づくと、相談所への違和感の正体も少し輪郭が変わってきます。引っかかっていたのはたぶん「順序」そのものではなく、「相手を条件で値踏みする空気」のほうだった。──順序は古くからあるものでも、扱い方は時代によって変わる。仲立ちの仕組みを使いながらも、人を条件票に縮めずに向き合う方法はちゃんとあり得る、ということです。

本質的な結論:「先に好きになってから結婚する」という順序はあなたの誠実さの表れですが、人類普遍の自然法則ではありません。歴史の大半において、結婚はまず「縁をつなぐ仕組み」として先に立ち、感情はその器のなかで育まれてきました。
相談所は、その古い知恵の現代版でもあります。違和感の本当の宛先は「順序」ではなく、「人の扱われ方」のほうかもしれません。順序ではなく、扱い方を選び直す──そこに、あなたの守りたい価値観を生かす道があります。

※結婚や将来をめぐる思いが日常生活に長く影響し、気持ちが沈み続けるような状態が続く場合は、地域の相談窓口や心理の専門家への相談もご検討ください。

よりみちナビゲーター

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