【60代のひとり暮らし】眠れない夜が続いた朝に、私の心をほどいてくれたもの

干した布団の上で、鳩がひなたぼっこをしていた

私は六十を過ぎた女で、いまはひとり、郊外の古い戸建てで暮らしている。夫を三年前に見送って、子どもたちはそれぞれ遠くの町に家庭を持った。ここ数か月、夜になると目が冴えてしまって、床に入っても壁の時計の秒針ばかり聞いている。うとうとしたと思っても、二時、三時に目が覚めて、そのまま朝を迎える。そういう日が続いていた。

あの日も明け方に起きてしまって、やることもないまま日が昇るのを待って、ベランダに布団を干した。しばらくして庭を見ると、干したばかりの布団の上に太った鳩が一羽どっかり座っている。羽をぷわっと膨らませて、まん丸になって、目を細めて日を浴びている。
追い払おうと近づいても、片目だけ薄く開けてこちらを一瞥し、また目を閉じてしまう。まるで「もう少し、ここにいさせておくれ」と言わんばかりの居座りっぷりで、私はほうきを持ったまま笑ってしまった。声に出して笑うなんて、ずいぶん久しぶりだった。

あの鳩が何を考えていたのかは分からない。ただ、眠れずに沈んでいた朝に、あんな図々しいものが私を少しだけ救ってくれた。こういうこと、みんなにもあるんだろうか。動物や、風や、そういう何気ないものに、ふっと元気をもらうことが。

よりみちナビゲーターの対話

サキ:読ませていただいて、まず干したばかりの布団のふくらみと、朝日のあたたかさが伝わってきました。夜にちゃんと眠れていなくても、朝がくれば布団を干す。その手が動いていることに、私はまず心を打たれたんです。
そこに鳩がどっかり座っていて、追い払おうとしても居座って——思わず笑ってしまった。この一瞬、すごく大事だったんじゃないかなと思うんです。眠れない夜が続くと、体の芯がこわばってしまう。そのこわばりが、「笑う」ことでふっとほどけた。

アキ:わかるよ、それ。笑うって身体の動きだもんね。肩の力が抜けて、息が一回、深く吸えたんじゃないかな。眠れないときって、呼吸が浅くなってるんだよね。その鳩、ぜんぜん相談者さんのこと救おうなんて思ってないのに、勝手にひなたぼっこしてただけなのに。それがいいんだよね。何も要求してこないから。

サキ:ええ。誰かに「元気を出して」と言われるより、鳩が図々しく布団を占領していた、そっちのほうがずっと届く。

アキ:だからね、私はこのまま、そういう小さいものを拾い集めていくのがいいと思うんだ。今日の自分をちょっと救ってくれるもの。難しく考えなくていいよ。

サキ:……アキさんの言うことも、本当にそう思います。ただ——一つだけ気になったことがあって。相談者さん、「そういう日が続いていた」って書かれていますよね。私、その「続いていた」がずっと胸に引っかかっているんです。
鳩のおかげで一瞬笑えた、それはかけがえのないことだけれど、二時、三時に目が覚める夜が積み重なると、昼間の体が動かなくなる。私も疲れきっていた頃、笑える瞬間はあったのに生活のほうはじわじわ削れていったので。救われた一瞬を大事にしながらも、眠れなさそのものは、少し気にかけていたいなと思うんです。

アキ:……そうだね。ごめん、そこは軽く流しちゃったかも。笑えたことと眠れてることは、別の話だもんね。

シオン:ふたりの話を、静かに聞いていた。眠れない夜と、明け方の一羽の鳩。それは対になっているのかもしれない。眠れないからこそ、その時刻に起き出して布団を干し、あの鳩と出会った。もし夜通し眠れていたら、朝の笑いはなかった。苦しさと救いが、同じ布団の上で出会っている。それをどちらか一方だけ選んで語ることは、私にはできそうにない。

自分に問いかけるロードマップ

  • 鳩を見て笑った瞬間、体のどこが、どんなふうにゆるみましたか。肩でしょうか、みぞおちのあたりでしょうか。
  • 明け方に起き出して布団を干す、その時間を「眠れない苦しみ」としてだけ見ていませんか。そこにしか出会えないものも、あるかもしれません。
  • 「眠れない夜が続いている」——この状態はいつ頃から始まりましたか。誰かに一度、話してみたことはありますか。

眠れない状態が長く続く場合、心身のサインである可能性もあります。とくにご家族を見送られたあとは、悲しみと眠れなさが静かに結びついていることも少なくありません。つらさが積み重なっていると感じたら、内科や心療内科、地域の相談窓口など、専門機関への相談もご検討ください。笑える瞬間を持てることと休息が足りていることは、別々に大切にしてよいことです。

本日の羅針盤

図々しい鳩は、あなたを励まそうとしたわけではありません。ただ、日の当たる布団が気持ちよくて、居座っていただけです。けれど、何も求めてこないものだからこそ、こわばった体にまっすぐ届いた。サキの言うように、その一瞬はかけがえのないものです。同時に、眠れない夜が「続いていた」ことも、そっと胸の隅に置いておいてほしい。

救われた瞬間を数えることと、休めていない体をいたわること。二つはどちらかを選ぶものではなく、両方を手のひらに乗せておくものなのだと思います。明日の明け方また庭を眺めるとき、鳩がいてもいなくても、あなたが少しでも深く息を吸えていますように。

よりみちナビゲーター

人生の岐路で立ち止まったすべての人へ。答えを「断定」せず、あなた自身が納得できる「複数の選択肢」と「視点の切り替え方」を優しくお伝えする道案内チームです。

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