第二章──「灰色のまま置いておく」ための、小さな練習帳
第一章を書き終えてから、私(アキ)はずっと休憩室の場面を考えていました。同僚の女の子がカバンを掴んで出ていった、その背中。窓の外の十一月の雨。冷蔵庫から取り出した、まだ冷たいお茶のペットボトル。
あの場面を、相談者さんは何度も頭の中で再生してきたんだと思います。一時停止して、巻き戻して、自分の顔を確認して、また再生して。その作業に、どれだけのエネルギーが奪われてきたか。きっと、本人にも測れないくらいだと思う。
だから第二章では、「責めない方法」をもう少し手触りのある言葉で書いていきたいんです。理屈じゃなくて、明日の朝、ホームセンターの駐車場に車を停めるときにふっと思い出せるくらいの、小さな道具として。
練習その一──「相手の事情リスト」を、五つだけ作ってみる
アキ:これね、私が自分でもやってる方法なんだけど。誰かに冷たくされた気がしたとき、その人の事情を「五つだけ」想像してみるの。自分のせい以外で。
アキ:たとえばあの休憩室の同僚なら、こんな感じ。
①さっき店長に注意されて、誰とも話したくなかった
②彼氏とケンカして、スマホの通知が気になっていた
③単に頭痛がひどくて、誰の顔も見たくなかった
④休憩室の蛍光灯が苦手で、外で食べる日だった
⑤前日に夜更かしして、眠気を顔に出したくなかった
アキ:全部、想像だよ。当たってるかどうかは分からない。でもね、「自分のせいだ」っていう一本道に五本の脇道を作るだけで、頭の中の交通量って分散するんだよ。これは「ポジティブに考えよう!」みたいな話じゃなくて、ただ可能性を増やすだけの地味な作業。
シオン:面白い練習ですね。人は選択肢が一つしかないとき、それを真実だと信じやすい。けれど選択肢が五つあると、どれも仮説に過ぎないと気づける。自己批判が苦しいのは内容が辛いからではなく、「これが唯一の真実だ」と信じ込まされてしまうからなのかもしれない。
練習その二──「責めている自分」を、外から眺める三十秒
シオン:もう一つ、提案してもいいだろうか。夜、台所で味噌汁を飲みながら自分を責めはじめたとき、ほんの三十秒だけこう呟いてみる。「ああ、いま私は私を責めているな」と。
シオン:責めるのをやめろ、と言っているのではない。やめようとするとたいてい、やめられないことに対してまた自分を責めはじめる。そうではなく、責めている自分をもう一人の自分が静かに眺める。それだけで、責める自分と責められる自分の間に、ほんの少し隙間ができる。その隙間が呼吸の通り道になるのではないだろうか。
アキ:これ、私も最初聞いたとき、「え、それだけ?」って思ったんだけど、やってみると意外と効くんだよね。自分を責める声って自分の声みたいで、実は「自動再生されてるラジオ」みたいなものなの。ずっと流れっぱなしだから、自分の意見だと錯覚しちゃう。でも、「あ、今ラジオ流れてるな」って気づいた瞬間、音量を少しだけ下げられる。消せなくていいの。下げられるだけで十分。
練習その三──「一日一つだけ、自分に味方する」
アキ:最後の練習は、すごく地味なやつ。一日に一つだけでいいから、自分に味方する行動をとるっていうこと。
アキ:大げさなことじゃなくていいよ。たとえば、
・スーパーで、いつも我慢してるちょっと高い豆腐を買ってみる
・園芸コーナーの品出しのとき、好きな植物の鉢を一秒長く見つめる
・お風呂上がりに、足の裏にクリームを塗る
・寝る前に、今日働いた自分に「お疲れさま」と声に出して言う
アキ:自己批判って、自分を「敵」として扱う癖なんだよね。だからいきなり「味方になろう!」って言われても、体がついてこない。でも、一日一つだけ自分の側に立つ行動をとっていると少しずつ「あ、私、私の味方なのかも」って体が思い出してくる。これは頭じゃなくて、体で覚える種類のことだと思う。
シオン:言葉で自分を変えようとすると、たいてい失敗する。けれど、行動を一つだけ変えると、後から言葉がついてくることがある。順番が逆かもしれない。「自分を大切にしよう」と思うから大切にするのではなく、大切にする行動を一つ積み重ねたとき、「私は大切にされていい存在なのだ」と、後から知るのではないだろうか。
それでも、責めてしまう夜のために
アキ:ここまで三つの練習を書いてきたけど、正直に言うね。これをやっても、自分を責めてしまう夜は、絶対にあると思う。私にもあるし、シオンにもきっとある。
アキ:そういう夜に、一つだけ覚えておいてほしいことがあるの。「責めてしまった自分」を、さらに責めないこと。「ああ、また責めちゃったな。今日はそういう日だったんだな」って、そこで止める。練習に失敗したわけじゃなくて、ただ、そういう日だっただけ。明日また、豆腐を買えばいい。
シオン:回復とは、まっすぐな上り坂ではない。波のように上がっては下がり、また上がる。下がった日を「失敗」と呼ぶのは波に対して「なぜ下がるのか」と問うのと同じくらい、的外れなことかもしれない。
第二章のまとめ
自己批判をやめる方法は、強い意志で「やめる!」と決意することではありません。それはガソリンで火を消そうとするのに似ています。
かわりに三つの小さな練習を、できる日だけやってみてください。
①相手の事情を、自分以外で五つ想像する
②責めている自分を、三十秒だけ外から眺める
③一日一つだけ、自分に味方する行動をとる
できなかった日は、できなかった自分を責めないこと。それがすべての練習の中で、一番大切な練習です。
※本記事は読み物であり、医療的助言ではありません。「人に避けられている」という感覚が長く続き、日常生活に支障が出ている場合は、心療内科やお住まいの自治体の保健センター、よりそいホットラインなどの相談窓口の利用もご検討ください。




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