第三章:「奥さん、どこに勤めてるの?」が面接官の口から出たとき、私はどう座り直すか
三社目の書類が通った。メールが届いたのは、息子を抱いてスーパーのレジに並んでいる最中だった。ポケットの中でスマホが震えて、片手で画面を見た瞬間、カゴの持ち手を握る手に汗がにじんだ。嬉しいよりも先に、怖い、が来た。
面接日は十日後。週三のパート事務、子育て中の女性歓迎、と書かれている。落ちた二社よりも、条件だけ見れば私に近い。
でも、頭の中で勝手に予行演習が始まってしまう。「前職を辞めてから、何をされていましたか」——この質問が来る。絶対に来る。そのとき私は面接官の目を見て、あの「無職でごめんなさい」の顔をしないでいられるだろうか。
家に帰って、子を昼寝させたあと、鏡の前で一度、声に出して言ってみた。
「一歳になる子の主保育者として、生活の基盤を——」
途中で、声が小さくなった。自分で言っていて、他人の台詞みたいだった。
サキ:台詞が「他人のもの」に聞こえる、そのズレから始めましょう
サキ:鏡の前で声が小さくなったこと、とても大事な気づきですね。実はあの言い回しは、前章で私たちが「事実として正しい」と確認した文章であって、「あなたの身体に馴染んだ言葉」かどうかはまた別の話なんです。
面接で通用する答えは「正しい答え」ではなく、「自分の声帯から自然に出る答え」なんですよね。あの台詞を丸暗記しようとしなくて大丈夫です。やっていただきたいのは内容を三つの部品に分解して、自分の言葉で組み直すことです。
部品は、こうです。
- 部品①:退職理由(つわりで体調を崩し、退職しました)
- 部品②:この期間にしていたこと(一歳になる子を中心に、生活全般を担っていました)
- 部品③:再開したい理由(子どもの預け先が整い、そろそろ社会との接点を取り戻したいと思っています)
この三つを、自分が普段使う言葉で言い直してみてください。たとえば②は「朝から晩まで息子のことで一日が終わる生活でした」でも構いません。面接官は美しい文章を聞きたいのではなく、「この人は自分の一年間をちゃんと説明できる人か」を見ています。説明できていれば、語彙は素朴でいいんです。
ケンゴ:面接官が本当に聞きたいのは、別の一点だけだ
ケンゴ:実務の話をしよう。採用側が「前職を辞めてから、何をしていましたか」と聞くとき、相手が知りたいのは過ごし方の立派さではない。「この人を採用して、また短期間で辞められないか」——それだけだ。
この質問の本当の意味は「あなたは今、働ける状態にあるのか」であって、「あなたの一年間は有意義だったか」ではない。
ここを取り違えると、応募者は自分の日々を美化したり卑下したりして、結局ちぐはぐな受け答えになる。あなたが鏡の前で声が小さくなったのも、たぶんこの取り違えが原因だろう。
ケンゴ:回答の設計は過去の説明ではなく、未来の約束に重心を置くべきだと思う。構造はこうだ。
- 事実を短く(つわりで退職し、一歳の子の育児をしていた)
- 現状を具体的に(預け先は◯◯、発熱時は◯◯が対応できる)
- 働ける根拠を一つ(週◯日、◯時から◯時まで、継続して勤務可能)
①は二十秒、②と③で四十秒。合計一分で十分だ。過去の一年を語ろうとするから苦しくなる。過去は短く、未来は具体的に。これが鉄則だと思ってほしい。
アキ:あと、面接の「身体」の話、していい?
アキ:台詞の話はすごく大事なんだけど、私が気になったのはもう一個あって。面接、五年ぶりなんだよね?
五年前の面接と今の面接、けっこう違うんだよ。まず、声の出し方を忘れてる。これは能力じゃなくて筋肉の話。毎日赤ちゃんに「まんま〜」とか「いい子いい子」って声しか出してないと、面接で必要な「ちゃんと腹から出す大人の声」が、文字通りサビついてるの。
アキ:だからおすすめしたいのが、面接前の一週間で、スマホで自分の受け答えを録音してみること。再生すると絶対「えっ、私の声ってこんなに弱々しいの?」ってなるから。なるんだけど、これが大事で、聞いた瞬間に身体が勝手に修正を始めるんだよ。
あとね、面接の朝、息子と離れるときの罪悪感がすごい波で来ると思う。来るんだけど、それを面接会場に持ち込まないためのコツが一つあって、家を出る前に息子の写真を一枚スマホで撮る。「行ってきます」の儀式にするの。
会場に着く前に電車の中で一回見て、面接が終わった直後にもう一回見る。これ、挟むだけで面接中の頭の中から「今ごろ息子は……」っていう雑音が結構消える。地味だけど、効くよ。
シオン:面接官の目に、あなたは何を映しますか
シオン:皆さんが実務の輪郭をきれいに描いてくださいました。私は一つだけ、席に座る前の話をさせてください。
シオン:面接室のドアを開ける直前、あなたの身体には二つの声が同居しているのではないでしょうか。一つは「受かりたい」、もう一つは「こんな自分で受かるはずがない」。
この二つが同じ強さでぶつかり合っているとき、面接官の目に映るあなたの表情は、不思議と「何かを隠している人」の顔になってしまうのかもしれません。
受かりたいと願うこと自体に、後ろめたさを混ぜる必要はないのです。けれどもし、「こんな自分で」の声が大きすぎるのなら一つだけ、席に着く前に小さく自分に言ってみてはどうでしょう。
「私は、採用されるためにここに来た。採用されないかもしれないが、それは今日のこの会社との縁の話であって、私の価値の話ではない」
シオン:縁という言葉を、私はよく使います。人と仕事の出会いは能力だけで決まるものではなく、時期や相手の事情という、誰にも動かせない流れが半分くらい混ざっているからです。
その半分を、自分の能力の責任にしょい込まないこと。しょい込まないまま席に着けたとき、人は一番自然な顔をするのかもしれません。
診断:第三章で外すべき、最後の罠
サキ:第一章で「無職のラベル」を、第二章で「十割×二の呪い」を外しました。第三章で外していただきたいのは、「面接を自分の価値の審判の場だと思い込む罠」です。
面接は、審判ではありません。お互いの条件を突き合わせる、短い商談です。会社はあなたに「うちの条件で働けますか」と聞き、あなたは会社に「私の状況でお役に立てますか」と聞く。対等です。
これまでのあなたは席に着いた瞬間、「私は採点される側」というポジションを自分から取りに行ってしまった可能性が高いです。落ちたときの痛みが強すぎたのは対等な商談の不成立ではなく、人格試験の不合格として受け取ってしまったからなんですよね。
次の面接では、一度だけ試してみてください。質問に答える前に心の中で、「これは商談だ」と一言つぶやく。それだけで、声帯の開き方が変わります。
【第三章の結論】
面接の席で「前職を辞めてから何を?」と聞かれたときの、あなたの一分間の台本をここで確定させましょう。暗記するのではなく、自分の声で何度か口に出して馴染ませてください。
「つわりで前職を退職し、それから一歳になる子の育児をしていました。
最近、預け先の目処が立ちまして、発熱時は実家(または夫)が対応できる体制も整えました。
週◯日、◯時から◯時まで、継続して勤務が可能です。
ブランクはありますが、前職の事務経験を活かしながら、一つひとつ思い出していくつもりです」
この台本の力点は過去ではなく、後半の「体制が整っている」「継続できる」にあります。
採用担当が怖がっているのはあなたの空白ではなく、「採ってもすぐ休む・辞める」という未来です。そこを先回りで潰してあげる。ここが、落ちた二社では足りなかった要素だったかもしれません。
そして面接の終わりに、もし可能なら一言だけ付け加えてみてください。「この一年、社会との接点から離れていた分、仕事に戻れる日を自分でもとても楽しみにしています」。これは営業トークではなく、あなたの本心のはずです。本心を言葉にできる応募者は強いのです。
次章はエピローグ。三ヶ月後、半年後、一年後のあなたが今の自分をどう振り返るか——その景色を、一緒に見に行きます。




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