「奥さん、どこに勤めてるの?」その一言に、私は毎回うつむいてしまう

第二章:「パート二件落ちた私」が、三ヶ月後に椅子を見つけるまでの地図

不採用通知の夜、息子を寝かしつけたあと私は台所で、お湯を沸かしたまま十五分立っていた。カップに注ぐのを忘れたままだ。ポットの湯気が天井に当たって消えていくのを、ぼんやり見ていた。

スマホを開くと、求人サイトの「おすすめ」に今日落ちた会社と同じような事務職がまた並んでいる。応募ボタンを押す指が、重い。二件落ちただけなのに、もう「次も落ちる」と体が覚えてしまった。

夫は「気にするな」と言ってくれる。でも、夫の「気にするな」は、落ちた面接の席に座ったことがない人の「気にするな」だ。責めているんじゃない。ただその言葉では、私の指はボタンを押せない。

——何通出せば、私は「普通」に戻れるんだろう。

サキ:まず、落ちた二件を「データ」に翻訳しましょう

サキ:前章でお話した「ラベルの付け替え」、もし少しでも腑に落ちる部分があったなら、次にやってほしいのは落ちた二件を、「自己否定の証拠」から「市場データの一行目」に書き換える作業です。

ここ、大事なところなのでゆっくり書きますね。

採用の現場で働いていた友人が何人かいるのですが、彼女たちが口を揃えて言うのは「応募者の出来で落とすことは、実はそんなに多くない」ということでした。
落とす理由の上位は、勤務時間の折り合い、通勤距離、社会保険の都合、前任者との年齢バランス、採用枠が途中で縮小、といった「応募者がどうにもできない条件」なんですよ。

とくにお子さんが一歳前後の方の応募は、「預け先が本当に安定しているか」「発熱時に誰が迎えに行けるか」を企業側がかなり慎重に見ます。あなたが落ちたのはあなたの能力ではなく、その会社がそのとき抱えていた不安だった可能性が、とても高いんですよね。

サキ:だからお願いしたいのは、落ちた二件についてこう書き換えてみることです。

  • 「私は二件落ちた」→「私は、復職市場に二つのサンプルを投入した」
  • 「私はダメだった」→「この二社の条件では、今の私の預け先体制とマッチしなかった」

言葉遊びに聞こえるかもしれません。でも、次の応募ボタンを押せる指の重さはこの二行で、まったく変わってきます。

ケンゴ:数字の話をしよう。何通で受かるのが「普通」か

ケンゴ:少し冷たく聞こえるかもしれないが、ここで感情から離れて、構造の話をしたい。そのほうが結局、あなたを楽にすると思うからだ。

ケンゴ:復職・再就職の応募で、一件目や二件目で決まるのはほぼ幸運の部類に入る。私がこれまで見てきた範囲では、書類を十〜二十通出して面接に三〜五件進み、内定が一件——これが珍しくもなんともない標準的な打率だ。新卒の就活と、数字の感覚は大きく違わない。

今のあなたは「二打席立って二回三振した」ところにいる。野球で二打席の結果を見て「この選手は終わった」と言う監督はいない。サンプル数が足りなさすぎるからだ。統計の言葉で言えば、まだ評価に値する母数に達していない、それだけのことだろう。

ケンゴ:それから、ブランクの扱いについて一つだけ。履歴書の空白期間を「何もしていなかった期間」として書くのは戦略的にまずい。事実としても違う。

離乳食のスケジュール管理、予防接種の日程調整、家計の再設計、引っ越しや役所手続き——これらはすべて、多タスク並行処理・危機対応・期限管理の実務だ。
そう書け、と言っているのではない。「私はこの期間、ゼロではなかった」と、自分が先に認めていないと面接官の目を見て話せない、ということだ。目を見て話せない応募者を採用担当は選ばない。順序の問題だと思ってほしい。

アキ:あと、現代の現実を一個だけ言わせて

アキ:ケンゴさんの話、めっちゃ正論なんだけど、一個だけ今っぽい補足させて。

今の求人サイトってさ、同じような条件の仕事がエンドレスに出てくるから、落ちた会社と似たような求人ばっかり応募しちゃうんだよね。でもそれ、同じ壁に同じ角度でぶつかり続けてる状態なの。

おすすめしたいのは、応募先を「三つの列」に分けること。

  1. 本命列:正社員・時短ありの事務。ここは時間をかけて書類を作る。
  2. 現実列:パート・在宅・週3などの「受かりやすさ優先」。ここは数で勝負。
  3. 練習列:受かっても行かないかもしれない、でも面接の場数を踏むための応募。

三列目、罪悪感あるかもしれないけど、面接って本気で「慣れ」なんだよ。五年ブランクあけて一発目で本命に突っ込むの、スポーツで言えば準備運動なしで試合出てるのと同じなの。

シオン:少しだけ、違う角度から

シオン:ここまで、皆さんが実務の地図を丁寧に描いてくださいました。私はもう一つだけ、別の高さからこの景色を眺めてみたいのです。

シオン:あなたは「早くここから抜け出したい」と書かれていましたね。その気持ちは本物で、急かされるべきではないと思います。ただ、一つだけ問いかけさせてください。

——抜け出したあと、振り返ったとき。この一年間を「空白」として記憶したいですか。それとも「短くて二度と戻らない時期」として記憶したいですか。

同じ日々でもどちらに分類して仕舞うかで、十年後の景色はかなり違ってくるのかもしれません。

シオン:一歳の子どもが、母親の顔を見て笑うようになる時期は、人生で一度きりです。あなたが恥じている「ただ一緒にいる時間」は、就活の数ヶ月というレンズで見れば邪魔物に見える。けれど二十年のレンズで見れば、むしろ奪われなくてよかった時間になるのかもしれません。

どちらが正しいという話ではないのです。ただ、レンズを一枚引き出しに入れておくだけで、次の不採用通知の夜、台所で湯気を見ているあなたの背中は、少し軽くなるのではないでしょうか。

診断:第二章で外すべき、もう一つの罠

サキ:第一章では「無職というラベル」を外しました。第二章で外していただきたいのは、「時間の使い方を一本化しようとする罠」です。

あなたは今、「育児に専念する自分」か「働く自分」か、どちらか一方に自分を統一しようとしていますよね。どちらかが正解で、どちらかが間違いという前提で。

でも、実際に育児と仕事を両立している人たちは「両方を完璧にやっている」のではなくて、「どちらも六〜七割で回している」人がほとんどです。十割の自分を二つ揃えようとすると、人は壊れます。

今のあなたは、専業主婦の自分を「十割できていない」と責め、まだ見ぬ働く自分にも「十割できなきゃ」と先回りで怯えている。二つの十割に挟まれて、呼吸ができなくなっているんですよね。

【第二章の結論】

あなたの次の一歩は、「自信を取り戻してから応募する」ではありません。順番が逆です。応募を続けているうちに、自信のほうが後から追いついてきます。

具体的には今後一ヶ月で、書類を最低十通
内訳は本命に力を入れる分、現実列と練習列を厚めに。
落ちた件数は数えなくていいので、「出した件数」だけをノートに正の字で書いてください
十件出してから、初めて自分の市場価値の話をしましょう。それより前に落ち込むのは、データ不足による誤診です。

そして、面接に呼ばれたときに聞かれる「この一年、何をされていましたか」への答えは、もう用意できています。
「一歳になる子の主保育者として、生活の基盤を組み立て直していました。そろそろ社会との接点を再開したく、応募しました」
これで十分です。胸を張ってください。嘘は一つも混じっていません。

次章では面接の席で、「奥さん、どこに勤めてるの?」の心理的後遺症が噴き出したときの、その場での立て直し方を扱います。

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