第二章 新幹線の窓に映る、痩せた輪郭
帰省の朝、私は在来線から新幹線に乗り継ぐホームで、自動販売機のガラスに映った自分をじっと見ていた。コートの下の体は、二年前より確実に細くなっている。それなのに、映り込んだ輪郭を見て最初に浮かんだのは「まだ二の腕が」だった。持ってきたおにぎりを結局ひとつも食べられないまま、指定席のテーブルの上に置いていた。
車内販売のコーヒーの匂いが通路を流れていく。前の席の親子連れが、駅弁の包みを開けている。楽しそうな笑い声。私はイヤホンをして目を閉じた。実家までの二時間半、頭の中で何度も、玄関を開けた瞬間の母の顔をシミュレーションしていた。「あら」と言うだろうか。「痩せたじゃない」だろうか。それともいつものように、まず私の体を上から下まで見て、小さくため息をつくのだろうか。
手帳を開いた。今朝の体重、五十・二キロ。目標まであと七キロ。この数字を見ると、少しだけ息ができる。おかしいと自分でも思う。数字を見て安心する人間が栄養を教えているのだから。窓の外を、名前も知らない町が流れていった。
よりみちナビゲーターの対話
アキ:おにぎり、食べられなかったんだね。責めてるわけじゃないの。ただ、私はこの場面がいちばん胸に刺さった。お腹は空いてたはずなんだよ、たぶん。でも「食べる」より「怖い」が勝っちゃう。その感じ、体で分かるよ。
ケンゴ:私はここで、冷たく聞こえるかもしれないことを言う。「目標まであと七キロ」という数字だ。身長百四十八センチで五十キロから七キロ落とせば、四十三キロ。BMIで言えば、明確に低体重の領域に入る。これは意志の強さの問題ではなく、体という構造が壊れる手前の話だと、私は事実として指摘しておきたい。
アキ:ケンゴさん。……その数字が正しいのは分かる。分かるよ。ただ、今この人に「それは低体重です」って言っても、たぶん響かないんだ。だってこの人、栄養学を教えてるんだよ。誰よりも数字の意味を知ってる。知ってるのに止まれない。そこがこの人の本当の苦しさでしょ。
ケンゴ:アキの言うことは分かる。ただ、私が数字を出すのはこの人を裁くためではない。「あなたの感覚はもう故障している」という事実を、一度だけ突きつけておく必要があると思うからだ。鏡が信じられないなら体重計でなく、外部の目盛りを一本置いておく。それが構造の側からできる支えだ。
サキ:お二人の言うこと、どちらも分かるんです。ただ私は、車内販売のコーヒーの匂いと、隣の親子の駅弁の場面が忘れられなくて。この方はきっと、食べることそのものが嫌いなわけじゃないんですよね。楽しそうに食べる人を、うらやましく見ている。だとしたら回復の入り口は「あと七キロをやめる」ことじゃなくて、「いつか、駅弁を怖がらずに開けられる日」を思い描くことなのかもしれません。
シオン:あなたは今朝、自分の輪郭を見て「まだ二の腕が」と言った。私は思うのだ。あなたが見ているのは鏡に映った体ではなく、母上の視線を借りた体なのではないか、と。
あなたの目には、いつも母上の物差しが重なって映っている。その二重写しをほどかないかぎり、たとえ四十三キロになっても、あなたは「まだ」と言うだろう。




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