「あのとき謝れなかった」――言えなかった言葉の、その後
二人が亡くなったあと、お葬式にはちゃんと出ました。お線香もあげました。でも、あの嘘のことは誰にも言えませんでした。
親にも親戚にも、もちろんおばあさまやおばさま本人にも。「実はシフトのために、あなたが危篤だなんて嘘をついていました」なんて言えるはずがない。お通夜の席で、親戚のおばさんが「最後まで気丈だったわねえ」って祖母のことを話しているのを聞きながら、私は心の中でただ縮こまっていました。
謝りたい。でも、もう謝る相手はいません。手紙を書こうにも、届ける場所がない。この気持ちはいったいどこへ持っていけばいいんでしょうか。墓前で手を合わせれば許してもらえるのでしょうか。それとも、一生抱えていくしかないものなんでしょうか。
よりみちナビゲーターの対話
サキ:謝りたいのに、もう謝る相手がいない。これは本当につらいことですよね。気持ちの行き場がない。手の中に渡したいものがあるのに、差し出す先がない。その宙ぶらりんの感覚を、あなたはずっと抱えてこられたんですね。お通夜の席で縮こまっていたあなたの姿が、目に浮かぶようです。
ケンゴ:率直に言おう。私は「許してもらえるか」という問いの立て方そのものを、少し見直してほしいと思っている。許しというのは、相手が与えるものだ。だが、お二人はもう、きみを責めることも許すこともできない。だとすれば、きみがこれから向き合うべきは「お二人からの許し」ではなく、「自分自身が、この出来事とどう折り合いをつけて生きていくか」だ。これは冷たい話に聞こえるかもしれないが、現実的にはここに着地するしかない。
サキ:ケンゴさんの言うこと、頭ではわかるんです。ただ、私は少し違って感じていて。あなたが「謝りたい」と思っているその気持ちは、もう謝罪の言葉として相手に届かなくても、消えるものではないと思うんです。墓前で手を合わせるとき、心の中で語りかけるとき――それは「許しをもらう」ためじゃなくて、あなたがお二人とのつながりをもう一度結び直す時間なんじゃないでしょうか。届かない手紙にも、書くことそのものに意味がある気がするんです。
ケンゴ:……それは認めよう。サキの言う通りだ。私が言いたかったのは、「許してもらえれば楽になる」という構図に縛られると、永遠に楽になれないということだ。相手がいない以上、その許しは永遠に来ない。だが、サキの言う「結び直す時間」――それは確かに、きみ自身ができることだ。墓前で語りかけることが、許しを乞う行為ではなく、関係を続ける行為になるなら、それには意味がある。そこは異論ない。
サキ:ええ。それに、あなたがついた嘘の中身を、もう一度思い出してほしいんです。「祖母が危篤で」「介護が必要な親戚がいて」――その言葉にあなたはお二人の名前を、お二人の存在を確かに使った。皮肉なようだけど、あなたはそのときいちばん自分にとって切実な存在として、お二人のことを思い浮かべていたんですよ。それは軽く扱っていたのとは違うと思うんです。
シオン:……謝罪とは、いったい誰のためのものなのだろう。相手のためだけのものなら、相手がいなくなれば成立しない。けれど、もし謝罪が自分の中の何かに区切りをつけ、まっすぐ前を向くための営みでもあるのなら――それは相手がこの世にいなくても、なお意味を持つのではないだろうか。あなたが今も謝りたいと願っていること、その願いそのものが、すでに一つの供養なのかもしれない。
自分に問いかけるロードマップ
行き場のない気持ちを、少しずつ手放していくために。
- 私が本当に欲しいのは「許し」だろうか。それともこの罪悪感を「もう抱えなくていい」という、自分自身の許可だろうか。
- もしお二人が今ここにいて私の話を聞いたら、何と言ってくれるだろうか。「そんなことで自分を責めるな」と笑ってくれるだろうか。
- 謝罪を「過去への清算」ではなく、「これからをどう生きるかの誓い」と考えたら、私には何ができるだろうか。
本日の羅針盤
謝る相手がもういない――この苦しさには、簡単な解決策はありません。ケンゴが言うように、相手からの許しは、もう永遠に届きません。それは受け入れるしかない事実です。
けれど、だからといってあなたの気持ちが無意味になるわけではないとサキは言いました。墓前で手を合わせること、心の中で語りかけること、届かない手紙を書くこと――それらは「許してもらう」ためではなく、お二人との関係をあなたの中で生き続けさせる営みです。
そしてシオンが問いかけたように、謝罪はときに相手のためであると同時に、自分が前を向くための区切りでもあります。あなたが「二度とあんな嘘はつかない」と誓ったこと――それ自体がお二人への、いちばん誠実な答えになっているのかもしれません。
抱えていくのか、手放すのか。その答えを今すぐ一つに決める必要はありません。時間をかけて、あなた自身のペースで結び直していけばいいのです。
もし、自分を責める気持ちがどうしても和らがず、日常生活に支障が出るほど続く場合には、グリーフケア(喪失の悲嘆へのケア)を行っている相談窓口や専門機関に話してみることも、ひとつの選択肢としてご検討ください。




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