武装したまま、誰かに会いに行く夜
旧友から「久しぶりに集まらない?」とLINEが来た夜、私はスマホを伏せて、しばらく天井を見ていた。
三十二歳。派遣の事務職、手取りは少ない。実家暮らし。恋人はいない。「最近どう?」のひと言にどう答えればいいのか、もう何年も答えを探している気がする。
学生時代の連絡先は、まだスマホに残っている。結婚式の招待状をもらった子もいる。子どもの写真がプロフィール画像になっている子もいる。会社の役職が肩書きに書かれている子もいる。私は、そのどれにもなれていない。
別に、誰かに見下されたわけじゃない。頭では分かっている。でも、待ち合わせのカフェに向かう道の途中で、靴音が自分のものじゃないみたいに響くことがある。武装しなきゃ、と思う。何かしらの「ちゃんとした答え」を持っていかないと、あの席に座れない気がする。
本当は、信頼できる人がほしい。深い話ができる相手がほしい。でも、「親友」なんて言葉を聞くたび、それは私には縁のないものなんじゃないかと先回りして諦めてしまう。誰かを好きになる前に、「この人にどう思われるんだろう」が先に立つ。
孤独はつらい。でも、人と関わるのも怖い。
――この行ったり来たりの夜を、どうすればいいんだろう。
よりみちナビゲーターの対話
アキ:……うん。読んでて、胸のあたりがぎゅっとなった。「武装しなきゃ」って感覚、めちゃくちゃわかるんだよね。私もさ、副業の話とかフォロワー数とか、聞かれてもないのに自分から先に出しちゃうことあるんだ。「攻撃される前に、自分から札を切る」みたいな。あれって強がりじゃなくて、本当はものすごく怖いから出してるんだよね。
サキ:そうですね。札を切るという表現、よく分かります。たぶんこの方は、ずっと「素手で人に会う」ことができないままここまで来てしまったんですよね。学生時代から周りに合わせることはできたけれど、自分から深く関わるのは苦手だったと書いていらっしゃる。それは性格が歪んだのではなくて、ずっと自分を守るために、丁寧に丁寧に距離を測ってきたということだと思うんです。
アキ:ね。歪んでないよ、ぜんぜん。嫉妬したとか、出し抜きたいって思ったとか、そういうのを「自分の汚さ」だと思って一人で抱えてること自体が、もう真面目すぎるくらい真面目だもん。普通、そこまで自分のこと点検しないって。
サキ:ただ、私はひとつだけ、アキさんと違う角度から思っていることがあって。
アキ:お、なに。
サキ:「親友は幻想なのではないか」と書かれている部分、ここはもう少し立ち止まりたくて。「深い話ができる人が大事」とおっしゃるのは、たぶん間違っていないと思うんです。でも、「親友」という完成品をいきなり手に入れることを目標にしてしまうと、多分しんどいんですよね。
アキ:……あー。
サキ:私、フリーランスで子育てしながら、本当の意味で「親友」と呼べる人ができたのは三十代半ばを過ぎてからでした。それも向こうから「親友になろう」と言われたわけじゃなくて、雨の日に駅で偶然会って立ち話したとか、子どもの熱で予定をキャンセルしたときに「無理しないで」って一行のメッセージが来たとか、そういう小さなものが積み重なってふと振り返ったら、「あ、この人がいる」と気づいた感じだったんです。
アキ:……それ、すごく分かる。でも、サキさん。私それでもね、今日のこの方にはまず「今夜の自分」を救ってあげてほしいって思っちゃうんだ。十年かけて親友ができるっていうのは、たぶん本当のことなんだよ。でも、今、旧友からのLINEを見て天井を見上げてる人に、「十年後を信じて」って言うのちょっと残酷じゃない?
サキ:……そうですね。それはおっしゃる通りだと思います。
アキ:私が言いたいのはね、「武装してでも、行っていい」ってこと。素手で行けるようになるのが理想なのは分かる。でも、今日はまだ素手じゃ怖い。なら、武装したまま行ってもいいんだよ。武装してる自分を「ダメだ」って責めるのを、まず一個やめる。それだけでぜんぜん違うから。
シオン:……お二人の言葉は、どちらも嘘ではないだろう。
ただ、私はひとつ気になっていることがある。この方は、「比較して苦しくなる」とおっしゃっている。けれど、本当に苦しいのは比較そのものではなく、「比較したあとの自分を、自分で罰してしまうこと」ではないだろうか。
嫉妬した。出し抜きたいと思った。それを「歪み」と呼んで、何年も自分の中の小さな法廷で裁き続けている。――その法廷を今夜だけ、休廷にしてみてはどうだろうか。
自分に問いかけるロードマップ
ここでいくつか、静かに自分に向けてみてほしい問いがあります。答えはすぐに出さなくて構いません。
- 「武装しないと話が合わない」と感じる相手と、そもそも会い続ける必要は、本当にありますか。
- 旧友のうち、「会うと消耗する人」と「会ったあと、なぜかほっとする人」を紙に分けて書いてみたら、どんな顔ぶれになりそうですか。
- 「親友」という言葉をもう一段ゆるめて、「今月、一回だけ短いLINEを送れる人」に置き換えたら、思い浮かぶ顔はありますか。
- 嫉妬や「出し抜きたい」という気持ちを抱いたとき、その奥にあるのは本当に相手への悪意ですか。それとも「自分も認められたい」という、ごく素直な願いの裏返しではありませんか。
本日の羅針盤
アキは言いました。「武装したまま、行っていい」。 サキは言いました。「親友という完成品を急がず、小さな積み重ねを信じて」。 シオンは言いました。「自分を裁く法廷を、今夜だけ休廷に」。
三つの言葉はひとつにまとまりません。まとめなくていい、と私たちは思っています。
ただ、共通して言えることがひとつだけあります。それは「人と関わるのが怖い」と感じているあなたは、決して冷たい人ではないということ。むしろ、相手の心を想像しすぎてしまうほど繊細な人なのだと思います。その繊細さはいつか必ず、誰かにとっての「安心して話せる場所」になります。
ただし、もし眠れない夜が続いたり、人と会ったあとの落ち込みが日常生活に影響するほど強いと感じる場合は、心療内科やカウンセリングなど専門機関にも気軽に相談してみてください。「相談する」ことは武装を解く第一歩でもあります。




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