人と比べて苦しい夜に。「武装したまま」会いに行ってもいい理由

第二章:素手で会える人を一人だけ探す

第一章を書き終えてから、私は数日、ぼんやりと考えていた。

「武装したまま、行っていい」というアキさんの言葉と、「親友という完成品を急がない」というサキさんの言葉。どちらもなんとなく、胸のあたりに残っている。残っているけれど、月曜日の朝になればまた満員電車に乗って、派遣先の事務所で「おはようございます」と当たり障りなく言って、昼休みは一人でコンビニのおにぎりを食べる。その繰り返しの中で、あの夜の対話は少しずつ薄れていく気もする。

――結局、何から始めればいいんだろう。

旧友のLINEには、まだ返事をしていない。

よりみちナビゲーターの対話(続き)

アキ:あのさ、第一章で私「武装したまま行っていい」って言ったじゃん。あれ、「現状追認に読まれるかも」って指摘もらって、ちょっと考えたんだよね。

サキ:はい。

アキ:で、補足したいんだけど――「武装したまま行っていい」のは、誰に対してでもじゃないんだ。武装してでも会う価値がある人と、武装してまで会わなくていい人を分けたほうがいい。これ、めちゃくちゃ大事。

サキ:ああ、それは大切な区別ですね。

アキ:旧友ってひとくくりにしちゃうじゃん。でも実際は、十人いたら十通りの距離感があるはずなんだよね。会ったあと「楽しかったけど、ちょっと疲れた」って人もいれば、「会ってよかった、また会いたい」って素直に思える人もいる。前者はいったん休んでいい。LINEの返事も、急がなくていい。後者だけ、まず大事にする。それで十分なんだよ。

サキ:そうですね。私もそう思います。ただ、ここでひとつ現実的な話をしてもいいですか。

アキ:どうぞ。

サキ:「会ったあと、ほっとする人」って、最初は気づきにくいんですよ。なぜかというと、そういう人はたいてい派手じゃないからです。SNSでキラキラしているわけでもなく、結婚式に呼ばれるような華やかな関係でもなく、たとえば――職場の隣の席で、雨の日に「傘、持ってます?」と聞いてくれた人とか。美容院の担当さんで、二年通っているうちになんとなく近況を話せるようになった人とか。

アキ:……ああ、それ。

サキ:「親友」「友達」というラベルを一度外して、「会ったあと、自分の呼吸が浅くならない人」という基準で見直すと、案外すでに何人かいらっしゃるかもしれないんです。連絡先リストの中ではなく、日常の生活動線の中に。

アキ:それ、めっちゃ大事な視点。でね、ここで私もうひとつだけ言いたいことがあって。サキさんの言ってること、本当にその通りなんだけど――「すでにいる人」を大事にするって、口で言うほど簡単じゃないんだよね。

サキ:と、いうと。

アキ:だってこの方、「人に対して信頼より警戒心が先に出てしまう」って書いてるじゃん。美容院の担当さんが優しくしてくれても、たぶん「営業トークかな」って一回疑っちゃう。職場の人が傘の話してくれても、「私に話しかけて何かメリットあるのかな」って勘ぐっちゃう。私もそうだったから分かる。

サキ:……ええ、それはそうですね。

アキ:だからね、「素手で会える人を探す」前に、まず「この人の優しさをいったん額面通りに受け取ってみる」っていう練習がいるんだ。疑う前に一回だけ、「ありがとうございます」って言ってみる。それだけ。それだけでいいんだよ。

サキ:……その順番、確かにそうかもしれません。私、少し急ぎすぎていたかもしれない。

シオン:……興味深いことだ。

お二人の話を聞いていて、ひとつ思い出した言葉がある。古い禅の書物に、「相見て相識らず(あいまみえて、あいしらず)」という言葉がある。顔を合わせていても、本当の意味では知り合っていないという意味だ。

しかし、この言葉には続きがある。「相識りて何の姓ぞ(あいしりて、なんのせいぞ)」――本当に知り合ったときには、もはや相手の名前も肩書きもどうでもよくなっている、と。

この方が苦しんでいるのは、たぶん「相手の姓(=肩書き、収入、ライフステージ)」が先に見えすぎてしまうことだ。だが、姓が見える前の場所――たとえば、雨の日に傘を貸してくれた人の、その手の濡れ方――そういう場所から始まる関係も、確かにある。

旧友のLINEに、急いで返事をする必要はないだろう。返事をする前に、自分にこう問うてみてはどうだろうか。

「私は今、相手の姓を見ているのか、それとも相手その人を見ているのか」と。

自分に問いかけるロードマップ(実践編)

第一章では「気づき」の問いを置きました。第二章では、もう少し手を動かせる問いを置きます。

  • 自分の生活動線の中で、すれ違う人・短く言葉を交わす人を、五人だけ思い浮かべてみてください。コンビニの店員さん、職場の隣の席の人、美容院の担当さん、誰でも構いません。
  • その五人のうち、「会ったあと、自分の呼吸が浅くならない人」は誰でしょうか。一人でも二人でもいい、その人の顔を、まず認識してみてください。
  • その人に来週、ほんの一行でいいので「ありがとうございます」を伝えてみてください。理由は何でもいい。傘の話のお礼でもいい、二年通っているお礼でもいい。
  • 旧友のLINEには、「ごめん、今ちょっとバタバタしてて、落ち着いたら連絡するね」と返してもいい。返さなくてもいい。あなたの呼吸が浅くならない選択を優先してください。

本日の羅針盤

第一章の最後に、私たちは「複数の視座を残したまま章を閉じてよい」と書きました。第二章では、その視座を少しだけ束ねます。

アキが言った「武装してまで会わなくていい人を分ける」、サキが言った「生活動線の中に、すでにいる人を見直す」、シオンが言った「相手の姓ではなく、相手その人を見る」。この三つは別々のことを言っているようで、実はひとつのことを指しています。

それは「人間関係を、量ではなく、呼吸で測ってみる」ということです。

何人と繋がっているかではなく、その人といるとき自分の呼吸が浅くなるか深くなるか。その一点だけを、しばらく基準にしてみてください。深くなる人がたとえ今は一人しかいなくても、その一人を大事にする練習がいつか、「親友」と呼べる関係につながっていきます。

そしてもし「呼吸が深くなる人なんて、一人も思い浮かばない」と感じたら――それはあなたの欠陥ではなく、ただ「探す視点を、今まで持っていなかった」だけです。今日から生活動線の中を、ゆっくり見渡してみてください。

なお、人と会うことそのものへの恐怖感が動悸や不眠など身体症状として現れるようであれば、ためらわず心療内科やカウンセリングの扉を叩いてみてください。「自分一人でなんとかしなければ」という思い込みも、ある種の武装です。専門家はその武装を一緒に解いてくれる人たちです。

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