手取り18万・毎月2万の積立。「何のために貯めているんだろう」と立ち止まった53歳の私へ

第三章:体力が尽きたあと、手元に残るもの

よりみちナビゲーターの対話

ケンゴ: 最終章では、二つ目の問いに答える。「若さも体力も繋がりも失ったあと、人は何を頼りに生きていてよかったと思えばいいのか」。

この問いの立て方について、先に一点だけ申し上げたい。あなたは三つを同時に失うものとして並べている。だが実際には、この三つは失われ方が違う。
若さは全員が、確実に失う。
体力は減るが、減り方に個人差があり、ある程度は管理できる。
そして繋がりは、失われる一方ではなく作り直せる
同じ棚に並べて絶望する必要はない。分けて扱えば、手の打てる箇所が見えてくる。

そのうえで私の答えを言う。私が頼れると考えているのは、二つだ。ひとつは、誰かの役に立てる技能。もうひとつは自分の行動が今日、誰かに届いたという記録だ。

前者について。あなたは十九年、事務を一人で回してきた。小さな事業所の事務を一人で回すというのは、税務も労務も来客も電話も、全部やるということだ。それは体力ではなく、判断の蓄積だ。
判断は体力より遅く衰える。八十歳の職人が現役でいられるのは腕力が残っているからではなく、どこで手を止めるべきかを知っているからだ。あなたが失うと恐れているものの中に、実は減らない資産が混ざっている。

サキ: ケンゴさんのおっしゃる技能の話、私はほとんど賛成なんです。ただ、そこにひとつだけ、生活の側から申し添えたいことがあります。

役に立てるから生きていていい、という土台は、ちょっと危ういところがあるんですよね。役に立てなくなる日は、たぶん来ます。私は育児で何度も、何の役にも立たない日を過ごしました。子どもが熱を出して、何もできずに一日そばにいただけの日。あの日、私は誰の役にも立っていませんでしたけれど、あとから思えば悪い日だったと思っていないんです。

だから私は、頼りにするものを技能だけにしないでほしいと思います。台所で湯が沸く音がして、その音を聞いて自分がほっとする。誰の役にも立たないけれど、自分の中で確かに起きる反応。それが残っていれば、たぶん人は持ちこたえられます。
この方はもう、それを知っておられます。ストーブの匂いを吸い込んで「また一日が始まったな」と思う、と書いていらっしゃった。あれは役に立つこととは無関係な、ご自身の反応です。

ケンゴ: ……サキさんの言うことは分かる。役に立てる能力を土台にすると、能力を失った日に土台が抜ける。それは私も認める。私の父がそうだった。だから私は反論しない。

ただ、私は自分の言い方を取り下げない。理由を述べる。役に立てなくなる日が来るとしても、その日までに役に立った記録が積み上がっていれば、記録の側は減らないからだ。
私が言った二つ目、行動が誰かに届いたという記録は、そのための項目だ。技能はいつか使えなくなる。だが、使ったという事実は残高として残る。あなたが十九年間、毎朝あの事務所を暖かくしてきた事実は、あなたが給油をやめた日にも消えない。私が頼りにしているのは能力ではなく、この残高だ。

サキ: ……なるほど。それなら私が言った湯の沸く音と、同じ棚に置けますね。どちらも今日という日の外に持ち出せるものですから。

アキ: ふたりの話、私も聞いてて泣きそうだった。私からはひとつだけ。繋がりのところ。

ケンゴさんが「繋がりは作り直せる」って言ったの、私はすごく大事だと思うんだけど、五十三歳で人間関係を新しく作るのって、二十代の私が想像するよりずっと大変だと思う。だから私が言いたいのは増やす話じゃなくて、もう一回数える話。

この人、還暦のお祝いの席にいたんだよね。呼ばれて、行って、笑ってた。それって繋がりだよ。ゼロじゃない。
十九年同じ職場にいる人には、名前をつけてない関係がたくさんあるはずなんだ。毎朝すれ違うだけの人、灯油を配達してくれる人、記帳のときにいる窓口の人。この人はそれを「繋がり」に数えてない。
少ないんじゃなくて、数えてないんだと思う。ノートに書き出すだけでいいから、一回数えてみてほしい。あと、お母さんを七年看たっていうのは、七年ぶん誰かと関わり続ける力があったってことだよ。その力は、なくなってない。

シオン: 皆の話が出そろったところで、私は問いの形そのものに触れたい。

あなたは「何を頼りに」と書かれた。頼るとは、こちらから何かに手を伸ばして体重をかける動作だ。だが人生の終盤に起きることは、少し違うのかもしれない。手を伸ばす力が弱くなったときそれでも残っているものが、こちらが選んだのではなく勝手に手元に残るのだ。

あなたは十九年、事務所のストーブに給油してきた。芯を出して、火をつけて、木の粉の匂いと混ざる匂いを毎朝吸い込んできた。その匂いは、あなたが頼ろうとして選んだものではない。十九年かけて、あなたの体の側に染みついた。畳の四つのくぼみも同じだ。あなたが残そうとしたものではないが、掃除機がそこで引っかかるたび、あなたは母上に一瞬だけ触れている。

「生きていてよかった」と思わせるものは、おそらく探して見つけるものではない。長く続けた行為の底に、あとから沈んで溜まる。あなたは十九年ぶん、それを溜めてきた。ただ、通帳を見る目でそれを見たことがなかっただけだ。

準備とは、いつか来る日に間に合わせる行為なのか。それとも、準備している今日を成り立たせる行為なのか。第一章で私が置いた問いに、いま私は答えを持たない。ただ、あなたの毎朝の給油を思うと、後者に近い何かがあるように思われる。

自分に問いかけるロードマップ

  • 私が「失う」と数えている三つのうち、減りにくいものはどれだろうか。判断力、手順の知識、人の話を七年聞き続けた耐久力は、どちらに入るだろうか。
  • 名前をつけていない関係を、私は何人分持っているだろうか。紙に書き出すと、何行になるだろうか。
  • 誰の役にも立っていない時間の中で、それでも自分がほっとした瞬間は今週いくつあったか。
  • 私は自分の十九年を、通帳を見る目で一度でも見たことがあるだろうか。

本日の羅針盤

全三章の結びとして、羅針盤の針を一本にはしない。針は四本ある。どれを北とするかは、読み終えたあなたが決めてよい。

ケンゴの針。 三つの喪失は同時ではない。分けて扱えば手が打てる。頼るべきは体力ではなく、遅れて衰える判断の蓄積と、すでに積み上がった「誰かに届いた記録」である。そして貯金は、不安の口ふさぎから選択肢の買い取りへ、動機を書き換えるべきものだ。犠牲という形の準備は、いらない。

サキの針。 貯める力と使う力は、両方が資産である。役に立てることを土台にしすぎず、湯が沸く音にほっとする自分の反応を残しておくこと。今月は二万円のまま、二百八十円の練習から。

アキの針。 直すべきは金額ではなく順序。値札より先に自分を置く。そして繋がりは、増やす前に数え直す。あなたのノートは、たぶんあなたの予想より長くなる。

シオンの針。 「生きていてよかった」は探して見つかるものではなく、長く続けた行為の底に沈んで溜まるものかもしれない。あなたは十九年ぶん、すでに溜めている。

最後に、二つの問いを立てたご本人へ。この二つの問いは答えが出ないから苦しいのではなく、十九年かけて一人で立てたから重いのだと思います。
重い問いを一人で持ち続けることが続くようなら、その重さは考え方の問題ではなく、負荷の問題です。眠りや食欲、朝の体の動きに変化が出ている場合、あるいは「終わり」について考える時間が長くなっている場合は、抱え込まずにお住まいの自治体の健康相談窓口や、こころの健康に関する公的な相談窓口(各都道府県・指定都市の精神保健福祉センター等)に一度声を出してみてください。
お金の見通しについては、年金事務所や自治体の無料相談を使うのが、いちばん早くて確実です。


参考情報リスト

名称および所管の実在を確認できたものに限り、以下を挙げます。数値・結論の引用は行わず、ご本人が自分で確認するための入口としてのみ掲載します。

  • 日本年金機構「ねんきん定期便」および全国の年金事務所(年金見込み額の確認窓口)
  • 厚生労働省「簡易生命表」(平均余命に関する公的統計。年次ごとに公表)
  • 内閣府「高齢社会白書」(高齢期の就業・世帯・生活に関する年次報告)
  • 金融庁 金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」(2019年公表)
  • 各市区町村の地域包括支援センター(介護・生活・権利擁護に関する総合相談窓口)
  • 各都道府県・指定都市の精神保健福祉センター(こころの健康に関する相談窓口)

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