夢は「治す」ものなのか
シオン:第一章と第二章で、聡明な分析がなされた。悲嘆のプロセス、家族の構造、引き受けてしまった役割。それらはすべて、確かにあなたの中に存在しているのだろう。
シオン:けれどここで一つ、別の方向から問いを置いてみたい。──この夢は果たして、「終わらせるべきもの」なのだろうか。
サキ:シオンさん、それは見続けていいということですか。
シオン:見続けていい、という許可ではない。むしろ、「終わらせる/終わらせない」という二択の枠組みそのものを、一度疑ってみてはどうかという提案だ。十年通い続ける夢というのは症状ではなく、あなたとお母さまの間に残された、唯一の通信回線なのかもしれない。
サキ:……ああ、そうですよね。考えてみれば相談者さんは、「夢を見なくしたい」とは一言も書いていないんです。「深層心理では後悔しているのか、教えてほしい」と書いているだけで。
空のタンスが意味する、もう一つのこと
シオン:夢の中のタンスが空だという光景を、もう一度ゆっくり見つめてみたい。第一章ではそれを「母の不在を完成させてしまった空間」と読んだ。第二章では「家族で分かち合えなかった作業の痕跡」と読んだ。どちらも正しいのだろう。
シオン:けれど、空であるということには、もう一つの意味がある。空であるからこそ、何かが入る余地があるという意味だ。
サキ:空白は欠落だけじゃなくて、余白でもあるということですね。
シオン:そう。あなたが十年前に空にしたタンスは、お母さまの服を喪った場所であると同時に、お母さまが遺してくれた「これから何かを置ける場所」でもあるのではないだろうか。
夢の中の「ごめんなさい」は、空白を埋め直したいという衝動かもしれない。けれどその衝動の奥には、「何を置けばいいのか、まだわからない」という静かな問いが、十年間ずっと座り続けているように見える。
夢の中の母に、次に会ったら
サキ:第二章でケンゴさんが、「ごめんなさい」の代わりに「会いに来てくれてありがとう」と言ってみたらと提案していましたよね。私もあれは良い提案だと思うんですけれど、シオンさんの話を聞いていてもう一つ、付け加えたいことが出てきました。
サキ:夢の中で今度会ったら、「お母さん、何が欲しい?」って聞いてみてもいいんじゃないでしょうか。
シオン:面白い問いだ。
サキ:服を捨てたことを謝るんじゃなくて、「これから、何を置けばいい?」って。それは母への質問であると同時に、自分自身への質問になるはずなんです。十年前のあなたは、母の物を整理することで頭がいっぱいだった。でも今のあなたは、その空白に何を迎え入れるかを選べる立場にいる。
シオン:母の遺品を片づけるという作業は終わった。だが、母との関係は片づけて終わるものではない。タンスは空でも、関係はまだ続いている。十年通い続ける夢は、その続きを書く場所をあなたに用意してくれているのかもしれない。
「片づいた」と「整った」は違う
シオン:世の中には、「片づいた」と「整った」を同じものとして扱う風潮がある。だが、この二つは別物ではないだろうか。
片づくのは、目に見える物の話だ。整うのは、目に見えない感情の話だ。あなたは前者には極めて優れた能力を持っているが、それは後者を犠牲にしていいという理由にはならない。
サキ:私、ここを読んでくださっている相談者さんに、無理に「整える」必要はないって伝えたいんです。むしろ「片づいたけれど、整っていない」という状態を、そのまま抱えていていいんですよ。十年抱えてきたんですから、あと十年抱えても誰も困らない。
シオン:そう。お母さまも、たぶん困らない。
診断:これは「症状」ではなく、「儀式」である
シオン:三つの章を経て私たちが見てきたものを、最後にこう言い換えてみたい。あなたが十年通っている夢は治療すべき症状ではなく、あなた自身が無意識に営んでいるささやかな儀式なのではないか。
サキ:儀式、ですか。
シオン:命日に墓参りをするのと、構造的には似ている。定期的に母のいる場所へ意識を向け直し、自分の現在地を確認する。その際に多少の罪悪感や戸惑いが伴うのは、あなたが母との時間を真剣に扱っている証だ。
シオン:儀式は終わらせる必要がない。続けるか、変えるか、形を変えながら共に在るか。選ぶのはあなただ。けれど「無くすべきもの」として扱うのは、少し違うのではないだろうか。
第三章の結論(P)/三章を通しての最終的なまなざし:
あなたが見ている夢は心理的な未処理ではあるかもしれませんが、同時に、十年間あなたとお母さまをつないできた、静かで個人的な儀式でもあります。
第一章で見た「悲嘆の未完了」、第二章で見た「家族の宿題」。それらは確かに存在します。けれどすべてを解決し、夢を見なくすることが「正解」とは限りません。
次に同じ夢を見たら謝るのをやめて、お母さまに尋ねてみてください。「お母さん、このタンスにこれから何を入れたらいい?」と。返事はないかもしれませんし、別の夢に変わるかもしれません。それでもいい。
夢はあなたが片づけきれなかったものではなく、片づけたあともお母さまと続けている対話なのです。十年続いたものは、これからもあなたのペースで続けていって構いません。空のタンスは欠落の証ではなく、これから何かを迎え入れるための、お母さまが遺してくれた余白です。




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