母の遺品を捨てた夢を10年見続ける理由。深層心理と後悔の正体

空のタンスへ──十年、夢を見続けてきたあなたへ

拝啓

お便り、何度も読み返しました。十年間、定期的に同じ夢を見続けてきたというその事実だけで、私はしばらく言葉を探していました。

まず、お伝えしたいことがあります。あなたはご自身を「片づけが得意な人間」として書いてくださいました。確かにそうなのだろうと思います。
お母さまの遺品を廃棄するもの、売るもの、譲るものに仕分けて、半年間心の整理を待ってから一気に進めた──その手際は、誰にでもできることではありません。

けれど、お便りを読んでいて私はもう一つの事実に気づきました。あなたはお母さまの服を片づけたのではなく、お父さまが手を付けられなかった分を、一人で引き受けたのですね。
不仲だった夫婦の片方が亡くなり、残された側が動けなくなるというのは、よくあることです。仲が良かったから動けないのではなく、仲が悪かったからこそ、向き合うこと自体が「未解決の問題に直面すること」になってしまう。お父さまはそこでフリーズし、あなたは動いた。それだけのことです。

「それほどストレスを感じずに片づけられた」という一文を、私は二通りに読みました。一つは文字通り、得意分野だったから淡々とこなせた、という読み方。
もう一つは、感情を出している場合ではなかったから出さなかったという読み方です。仕分けと連絡と見積もりに追われている人間に、悲しみは贅沢です。あなたはその贅沢を後回しにできる人だったのだと思います。

十年が経って生活が落ち着いた今、ようやく感情が出てくる余白ができた。──夢は、その余白を見つけて、ゆっくり訪ねてきているのではないでしょうか。

夢の中であなたは「お母さん、勝手に捨ててごめんなさい」と謝っています。けれど、私はあの謝罪をお母さまにだけ向けられたものではないと感じています。
半分はお母さまへ、もう半分は、「あんなに早く片づけるしかなかった、十年前の自分自身」へ。そして言葉にならない一部は、片づけきれなかったお父さまへ。三方向に同時に向けられた、複雑な「ごめんなさい」なのではないかと思うのです。

これを読んで、あなたが「自分を責めなければ」と感じる必要はまったくありません。むしろ逆です。あなたは家族の中で唯一動ける人として、動けない人の分まで背負った。
それは責められるどころか、ねぎらわれるべき行為です。十年経った今、夢の中で土下座をしているあなたに私から伝えたいのは、「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」のほうです。

さて、ここからがこの手紙で一番お伝えしたいことです。

あなたは「夢を見なくしたい」とは一言も書いていらっしゃいません。「深層心理では後悔しているのか、教えてほしい」と書かれていました。だから私は、夢を「治すべき症状」として扱うことをやめてみたいのです。

十年通い続ける夢は、もしかしたらあなたとお母さまをつなぐ、たった一本の細い回線なのかもしれません。命日にお墓参りをする人がいるように、あなたは夢の中でお母さまを訪ねている。訪ねるたびに少し罪悪感が伴うのは、あなたがその時間を真剣に扱っている証拠です。

夢の中のタンスは、空っぽです。第一章では、れを「お母さまの不在の完成」と読みました。けれど今、別の読み方をお伝えします。空であるということは、これから何かを置けることでもあります。

もし次に同じ夢を見ることがあったら、謝るのを少し休んで、お母さまにこう聞いてみてください。

「お母さん、このタンスに、これから何を入れたらいい?」

返事はないかもしれません。あるいは、夢が別の形に変わるかもしれません。それでも構わないのです。十年間「ごめんなさい」と言い続けてきた回線に、別の言葉を一つ流してみる。それだけのことです。

世の中では「片づいた」と「整った」を、つい同じものとして扱ってしまいます。でも、この二つはまったく別のものです。
片づくのは、目に見える物のこと。整うのは、目に見えない感情のこと。あなたは前者の達人でした。後者については、達人である必要はありません。「片づいたけれど、まだ整っていない」という状態のまま、十年でも二十年でも抱えていて、何も困らないのです。お母さまもたぶん困りません。

夢って不思議ですね、と、あなたは結びの一文に書いてくださいました。本当にそう思います。ただ、不思議なものを無理に解き明かす必要はないのかもしれません。
空のタンスの前で謝るあなたと、それを夢の入口で待っているお母さま。その光景をこれからも時々、訪ねていけばいい。ただそれだけで十分なのではないでしょうか。

長い手紙になってしまいました。最後に一つだけ。

あなたはお母さまの服を捨てたのではありません。お母さまが遺してくれた「これからの余白」を、十年かけて見つめ続けているのです。それは片づけの得意な人にしかできないもう一つの仕事だと、私は思っています。

どうか、ご自身をねぎらってあげてください。
そして夢の中のお母さまにも、よろしくお伝えください。

敬具
『感情の羅針盤』編集長より

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