第三章:気配を持って、明日へ歩く ― 母と、猫と、私のこれから
祖母が亡くなって十日が過ぎた。
母が台所で洗い物をしながら、背中越しに言った。「今日ね、おばあちゃんの好きだった味噌、買ってきちゃった。もういらないのにね」。笑っているような、泣いているような声だった。私は何も言えず、ただ「うん」と返した。本当は「いいんじゃない、買ってきても」と言いたかった。けれどその言葉が母を泣かせてしまう気がして飲み込んだ。
私自身の生活は表向き、もとに戻りつつある。仕事に行き、電車に乗り、コンビニで昼食を買い、夜には帰ってくる。けれど家の鍵を回す瞬間、ふと「ただいま」を言う相手が一人減ったことを思い出す。そのたびに胸の奥が、少しだけ薄くなる。
猫は昨晩、布団の足元に少しだけ入ってきた。すぐにまた出ていったけれど、ほんの五分だけ温かさが戻った。私はそれを嬉しいと感じていいのか、よくわからなかった。
気配と一緒に暮らすって、こういうことなんでしょうか。私はこれからどうやって、おばあちゃんのいない毎日を生きていけばいいんでしょう。
よりみちナビゲーターの対話
シオン:味噌を買ってしまったお母さまのこと ― 私はその情景がずっと残っている。それは頭ではわかっているのに、手と足が長年の習慣をなぞってしまった瞬間だ。それを「もう、いらないのにね」と笑いながら言える人は、強い人だと思う。けれど強い人ほど、隣にいる人の沈黙を必要としている。
サキ:あの場面でご相談者さんが「うん」とだけ返したこと。私はそれで、十分だったと思います。下手な言葉で励まそうとせず、ただ同じ空間にいてあげる ― 家族の悲しみのなかでそれが一番むずかしくて、一番必要なことだったりしますよね。
シオン:そう。「ただいま」を言う相手が一人減ったというご本人の言葉も忘れがたい。家というのは人数の問題ではなくて、声をかける相手の数で成り立っているのかもしれない。
サキ:シオンさん、ここで少しだけ、別の話をしてもいいですか。
シオン:もちろん。
サキ:気配と一緒に暮らすというのは、本当に大切なことだと思うんです。ただ ― ご相談者さんはまだ若くて、お仕事もあって、これから先、自分の人生の選択を重ねていく時期にいる方ですよね。恋愛も、転職も、引っ越しも、結婚も、何があってもおかしくない。そのとき、「おばあちゃんのいた家」をいつまでも動かさずにいることが、もしかしたらいつかご本人の足かせになる日もくるかもしれない。
シオン:……サキさん、今日するどいね。
サキ:すみません、現実的すぎたかもしれません。でも、私が言いたいのは「早く立ち直れ」ということじゃないんです。逆で ― 今はゆっくり気配と暮らしていい。けれどいつか、ご自身の人生の都合で椅子を動かしたり、遺品を整理したり、家を出たりする日が来ても、それは「お祖母さまを忘れること」ではないということを、今のうちにちゃんと知っておいてほしくて。
シオン:……ああ、そういうことか。それは私からも言葉を足したい。亡くなった方は、私たちが前に進むのを止めない。むしろ止めない人だからこそ、心の中に住み続けることができる。「もう、おばあちゃんのことを毎日は思い出さなくなった」という日が何年か先に来る。そのとき、罪悪感を持たなくていい。忘れたのではなく、馴染んだのだから。
サキ:はい。馴染むという言葉、私もいただいていいですか。それがいちばん近い気がします。
シオン:どうぞ、いくらでも。言葉は誰のものでもない。
サキ:それと、猫のこと。布団に五分だけ入ってきたというの、私は素直に「嬉しいですね」って言いたいです。嬉しがっていいんですよ、それは。
シオン:……うん。猫の体温は、猫の体温として受け取っていい。すべてのことに意味を探さなくていい夜が、これから少しずつ増えていく。
自分に問いかけるロードマップ
- 私は母の沈黙の隣に、ちゃんと座っていられているだろうか。励ましの言葉を探すより、同じ空間に居続けることのほうが難しくはなかっただろうか。
- 「ただいま」と言う相手が一人減ったことを、私は自分の言葉で誰かに話せているだろうか。
- いつか椅子を動かす日、遺品を整理する日が来たとして、それは祖母への裏切りではない ― そう思える準備を少しずつ始めてもいいのではないだろうか。
- 猫が布団に戻ってきたことをただ素直に嬉しいと感じる ― そういう小さな許可を、私は自分に出してあげているだろうか。
本日の羅針盤
亡くなった方と一緒に生きていくというのは、その人の記憶を「凍らせて保存する」ことではありません。むしろ逆で、自分の生活が変わっていくたびにその人との関係も少しずつ形を変えていく ― それを許していくことです。
引っ越しをする日が来るかもしれません。家族の構成が変わる日が来るかもしれません。仕事が変わり、住む街が変わり、出会う人が変わっていく。そのたびに「おばあちゃんなら、なんて言うだろう」という声は、あなたの中で少しずつ更新されていきます。死者は変わらない人ではなく、生者と一緒に変わり続けてくれる人です。
今はまだ十日目です。何も決めなくていい。お母さんの隣に座って味噌の話を「うん」と聞き、猫が布団に五分入ってくれたことを嬉しいと感じる ― それだけで十分です。むしろ、それ以上のことをしようとしないでください。
そして、もう一つだけ。お母さまのことです。あなたから見れば祖母ですが、お母さまから見れば実の親です。その喪失の深さは計り知れません。お母さまが「まだ家にいる気がする」と言うとき、否定も肯定もせず、ただ「そうだね」と返してあげてください。それが今、あなたがお母さまにできるいちばん大きな贈り物です。
不思議な現象は、これからも続くかもしれません。続かなくなるかもしれません。どちらでも、お祖母さまがあなたを大切に思っていたという事実は変わりません。
もし悲しみが長引き、日常生活が立ち行かなくなるような日が来たら一人で抱え込まず、グリーフケアの相談窓口やお住まいの自治体の保健センター、信頼できる医療機関に相談してください。気配を信じることと専門家に頼ることは両立します。むしろ両方を持っている人ほど、長く健やかに歩いていけます。
猫はいつか、布団の真ん中で眠るようになります。そのときあなたはお祖母さまのことを思い出すかもしれないし、思い出さないかもしれません。どちらであってもいい夜です。
それが馴染むということなのだと、私は思います。




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