祖母が亡くなった後の不思議な現象は気のせい? 猫の異変・偶然の日付・気配と暮らす四十九日

第二章:気配と暮らす ― 四十九日までの、静かな作法

母と二人で、夕飯のあとに茶を淹れた。

祖母がいつも座っていた椅子は、今もそのままにしてある。誰も「片付けよう」と言わない。湯呑みは三つ、ではなく二つ。それでも急須からお茶を注ぐとき、母の手はほんの一瞬、三つ目の場所に向かいかける。気のせいかもしれない。気のせいと言ってしまえば、それで終わる。

猫は相変わらず布団に入ってこない。けれど昨晩、夜中にふと目が覚めたら私の枕元のすぐ横、畳の上にまんまるくなって眠っていた。少し近づいたな、と思った。

私は祖母の遺品を、まだ何ひとつ片付けていない。引き出しの中の使いかけの目薬。台所の祖母専用だった小さな茶碗。仏壇に手を合わせるとき、私はまだ何を願えばいいのかわからない。

ねえ、おばあちゃん。私はあなたがいなくなったことを、ちゃんとわかっているんでしょうか。

よりみちナビゲーターの対話

シオン:……四十九日、という言葉がある。仏教の習わしではその日まで、亡くなった方の魂はまだこの世とあの世のあいだを行き来していると言われる。これを「信じるか信じないか」という話にしてしまうと味気ない。けれど、長い時間をかけて人々がそういう日数を定めてきたということ自体に、私はある種の知恵を感じる。

サキ:四十九日って、私も実感としてわかる気がします。祖父が亡くなったとき、最初の一週間はとにかく目の前のことで精一杯で、二週間目くらいからふっと、「あ、もういないんだ」って実感が降ってくる瞬間が何度もありました。一度きりじゃなくて、何度も。

シオン:そう。悲しみは一度受け取れば終わる手紙ではない。同じ手紙が形を変えて何度も届く。湯呑みの数、椅子の置き場所、夜中の足音、賞味期限の日付。そのたびに私たちは少しずつ、不在に慣れていく。慣れるという言葉が冷たく聞こえるなら、馴染んでいくと言い換えてもいい。

サキ:ご相談者さんのおうちで、お祖母さまの椅子をそのままにしてあること。湯呑みを片付けていないこと。私はそれをすごく健やかなことだと感じました。無理に「気持ちを切り替える」よりしばらく不在と一緒に暮らしてあげるほうが、結果として心が落ち着いていくことありますよね。

シオン:ただ、ひとつだけ付け加えておきたいことがある。

サキ:はい。

シオン:「私はおばあちゃんがいなくなったことを、ちゃんとわかっているんでしょうか」というご本人の問い。これはとても誠実な問いだと思う。けれど、急いで答えを出さなくていい。「ちゃんとわかる」のはもしかしたら半年後かもしれないし、一年後かもしれない。お盆や来年の命日に、ふいに泣けてくるかもしれない。それでいい。むしろそれが自然なのではないだろうか。

サキ:シオンさん、一つだけ違う角度から言わせてください。

シオン:どうぞ。

サキ:「半年後でいい、一年後でいい」というのは本当にそうなんですけど ― ご相談者さん、たぶんいまお母さまのことも気にされていると思うんです。「おばあちゃんがまだ家にいる気がする」と言うお母さまを、どう受け止めればいいのかという。
お母さまにとっての祖母は、「実の親」かもしれない。その喪失の深さは、孫である自分のそれとはまた別の重さですよね。だからご自身の悲しみに向き合うことと並んで、お母さまの隣にただ座っていてあげること ― それも今のあなたにできる、大事な仕事のひとつだと思います。

シオン:……それは私には見えていなかった視点だ。ありがとう。家のなかで悲しんでいるのは一人ではない。

自分に問いかけるロードマップ

  • 私は祖母の不在に「早く慣れなければ」と、自分を急かしていないだろうか。
  • 椅子や湯呑みや遺品をいつ片付けるか ― それは誰かに決められることではなく、私と母の呼吸で決めていいことではないだろうか。
  • 「おばあちゃん、まだ家にいる気がする」と言う母に、私はどんな顔で隣に座っていられるだろう。
  • 仏壇に手を合わせるとき、願いごとではなく「今日、こんなことがあったよ」と報告するだけでも、十分なのではないだろうか。

本日の羅針盤

亡くなった方と「ちゃんとお別れする」ことを私たちはつい、一度きりの儀式のように考えてしまいます。けれど実際には、お別れは何十回にも分けて少しずつ訪れます。湯呑みを一つ減らす日。椅子の位置を少し動かす日。目薬を捨てる日。猫がまた布団に戻ってくる日。そのひとつひとつが小さなお別れであり、同時に新しい関係の始まりでもあります。

亡くなったあとの祖母との関係は、終わるのではなく形を変えるだけです。会話はできなくなりますが、「おばあちゃんなら、こう言うだろうな」という声はこれから先、何度もあなたの中で立ち上がってきます。それは思い込みではなく、長年一緒に過ごした人があなたの内側にちゃんと住み込んでいるという証です。

猫が布団から離れて眠っているのも、じゃがりこの日付が重なったのも、お母さまが「まだ家にいる気がする」と言うのも ― それらをひとつの物語にまとめる必要はありません。ただ「今この家には、お祖母さまの不在というまだ温かい場所がある」とだけ思っていてください。

不在は冷たいものとは限らない。しばらくのあいだ、その温度と一緒に暮らしてください。

もし夜眠れない日が続いたり、食欲が戻らなかったり、日常生活に支障が出るようでしたら、お住まいの自治体の保健センターやグリーフケアを扱う相談窓口に話してみてください。悲しみを「乗り越える」ためではなく、「一人で抱えすぎない」ためです。

第三章ではお母さまとの関係、そして「気配を信じること」と「自分の人生を前に進めること」をどう両立させていくか ― そのあたりにもう少し踏み込んでみたいと思います。

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