洗濯機の音と、子どもの泣き声のあいだで──「感情的に怒ってしまう」と責める夜に
夕方の台所は、いつも音でいっぱいになる。炊飯器の蒸気、洗濯機の最後のすすぎ、テレビから流れるアニメの主題歌、そして床に転がったブロックを踏んだ私の小さな悲鳴。上の子はリビングの真ん中で、さっき「片付けようね」と三回言ったブロックの上に、また新しいおもちゃを積んでいる。下の子は何かを訴えるように私のエプロンを引っ張るけれど、言葉にならない声だけが繰り返される。「ママ」と「あー」のあいだのような音。
私は三十代の前半で、子どもが二人いる。上の子は幼稚園に通っていて、発達が半年ほどゆっくりで、運動の遅れがあるから療育(発達に遅れや偏りのある子どもに対し、個々の特性に合わせて自立や社会参加をサポートする取り組み)にも通っている。
下の子は三歳を過ぎても言葉がほとんど出なくて、こちらは「もう少し様子を見ましょう」と言われている。理解はしているみたいだから、と。
本当に、些細なことなのだ。何度言っても靴下が脱ぎ散らかしのままで、何度注意しても同じ場所にお茶をこぼす。一回や二回なら笑える。三回目で声が低くなる。五回目で「なんでやらないの」と、自分でも知らない誰かの声が口から出る。子どもの顔が一瞬で固まるのを見て、ああ、またやってしまったと思う。
夜、子どもたちが寝たあと洗い物をしながらニュースを見ていると、虐待の事件が流れることがある。胸の奥が冷たくなる。私は違う、と言いきれない自分がいる。今日も別室に駆け込んで、深呼吸して、五分だけ目をつぶってからリビングに戻った。そうやってやり過ごしている自分が、ぎりぎりの場所に立っているように感じる夜がある。
誰にも言えない。義母にも、夫にも、ママ友にも。「みんなそうだよ」で終わらせたくないし、「大変ね」で慰められたくもない。私はただ、どうしたら感情的にならずに子どもと向き合えるのかを知りたいだけなのだ。
「感情をコントロールする方法」の前に、置いておきたいこと
サキ:お話を読みながら、台所のあの夕方の音が私の耳の奥でも鳴っていました。炊飯器の蒸気って、不思議と人を急かしますよね。あの音の中で、お子さんふたり分の「今すぐ」を受け止めながら、ご自身の「ちゃんとしなきゃ」も同時に握りしめておられる。それは感情のコントロールという言葉でくくるには、あまりにも重たい荷物だと思うんです。
アキ:うん、私もそう思った。読んでて肩のあたりがぎゅっとしたもん。「五回目で知らない誰かの声が出る」って、あれ、コントロールの問題じゃないよね。身体が先に限界を出してる合図というか。脳が「もう無理」って小さく叫んでるのに、本人だけが「私が悪い」って思い込まされてる感じがする。
ケンゴ:二人の言うことはわかる。ただ──私は少し違う角度から言わせてほしい。感情を「出してしまうこと」を責める前に、この状況を客観的に並べてみるべきだと思う。
未就学児が二人、うち一人は療育中、もう一人は発達経過観察中。家事と育児の負荷を数値で見れば、これは一人の人間が抱えるには明らかに過積載だ。感情の問題に変換する前に、構造の問題として見たほうがいい。
サキ:ケンゴさんのおっしゃること、わかります。ただ、私は少し違って感じていて──構造の話に持っていくのが早すぎると、ご本人が今日の夜、子どもを寝かしつけたあとに使える言葉にならないことがあるんです。「過積載です」と言われても、明日の朝、洗濯物はまた溜まる。私はまず「五回目で声が低くなる自分」を悪いものとして扱わなくていい、というところから始めたくて。
ケンゴ:なるほど。それは一理ある。ただ、自己受容だけでは来月も同じ夕方が来てしまう。受け止めたうえで、誰かに荷物を渡す手立てを並行して考えないと、ご本人がすり減るのではないか。
アキ:二人とも、わかる。わかるんだけど──ちょっと本人に話を戻していい?相談文に「周りに相談できない」って書いてあるんだよね。それって構造を変える前の段階で、もうつまずいてるってことだと思う。だから今日まず必要なのは、「あなたは思っているよりずっと無理してます」って、誰かがはっきり言うことなんじゃないかな。
「感情的に怒る」を、もう少し分解してみる
サキ:相談文を何度か読み返して、気づいたことがあるんです。あなたはもう、すでにたくさんのことをやっておられる。イライラしたら別室に移動する。深呼吸する。子どもにぶつける前に、自分の中で処理しようとしている。これは感情のコントロールが「できていない」状態ではなくて、ぎりぎりのところで「効いている」状態なんです。
ただ、それを毎日繰り返していると、自分の中の「やれている部分」が見えなくなる。見えるのは声を荒げてしまった瞬間だけ。子どもの固まった顔だけ。だから夜になると、自分が虐待の側に近づいているように感じてしまう。
アキ:そうそう。「やれてないこと」だけが記憶に残るやつ。あれ、脳の仕組みらしくて、危険を感じた場面のほうが強く焼きつくんだって。だから今日「怒鳴らずに済んだ三回」より、「声を低くした一回」のほうが、頭の中ではでっかく見える。
ケンゴ:そこは私も同意する。記憶の偏りは、自己評価を不当に下げる。実際に何が起きているかを、できれば紙に書き出してみるといい。今日、何回声を荒げたか。何回、別室に逃げて立て直せたか。書いてみると後者のほうが多いはずだ。
サキ:ええ。そしてもうひとつ。「なんでやらないの」と出てしまう瞬間の前には、たいてい小さな「もう無理」が積み重なっているはずなんです。朝、何かをこぼされた。昼、思い通りにいかなかった。夕方、もう一回こぼされた。最後の一滴で、コップが溢れる。溢れた瞬間だけを「自分の問題」として責めるのは、フェアじゃないと思うんです。
シオン不在のこの章で、あえて残しておきたい問い
ケンゴ:感情の出口の前に、入口を減らす。これは戦略の話だ。療育の送迎、家事、下の子のことばの心配──これらのうち、ひとつでも誰かに分けられるものはないだろうか。夫、自治体の支援、ファミリーサポート、保健センター。
「相談できない」と感じておられるなら、まず一か所、匿名で電話できる窓口に試しに繋いでみるというのも手だ。
サキ:そうですね。地域の子育て支援センターやお住まいの自治体の保健師さんは、こうした「日常のしんどさ」を聞くための窓口でもあります。「相談するほどのことじゃない」と思える話こそ、本当はそこで話していい話なんです。
アキ:あと、最後にひとつだけ。ニュースで虐待の話を見て、自分もそうなるんじゃないかって怖くなる──その怖さを感じている時点であなたはもう、その手前で踏みとどまっている人だよ。怖いと思える人と思えない人は、立っている場所が違う。
本日の結論──ただし、一本にまとめません
「感情をコントロールする方法」を探しておられますが、私たちは今日、別の入口を三つ置いておきたいと思います。
ひとつ。あなたはすでにぎりぎりのところでコントロールできています。別室に逃げる、深呼吸する──それは「できていない人」のやり方ではなく、コントロールの効いた対処です。
ふたつ。感情の出口を塞ぐ前に、入口の量を見直す視点を持ってみてください。未就学児二人、うち一人療育中という状況は、一人で抱えるには重すぎます。自治体の保健師、子育て支援センター、ファミリーサポートなど、匿名で繋がれる窓口があります。
みっつ。「怒鳴らずに済んだ日」を、自分の中で数えてみてください。記憶は失敗の側に偏ります。意識的に拾わないと、あなたの努力はあなた自身に見えません。
どれが今のあなたの体温に近いかは、あなたにしかわからない。三つのうちひとつだけでも、明日の夕方の台所に持っていっていただけたらと思います。
※ご案内:感情的になってしまうご自身を強く責めておられる状態が続く場合、また、お子さんとの関わりについて不安が大きい場合は、お住まいの自治体の保健センター、子育て世代包括支援センター、児童相談所の「子育て相談」窓口などにご相談されることもご検討ください。匿名・無料で利用できる電話相談も各自治体に整備されています。「相談するほどでもない」と感じる段階こそ、繋がっておくことで楽になることがあります。



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