子どもに感情的に怒ってしまうのをやめたい──30代母親が知っておきたい、感情コントロール以前の3つの視点

第二章──「私もそうなるかもしれない」という恐れの、奥にあるもの

子どもを寝かしつけたあと、リビングの電気を一段暗くして洗い物の続きをする。スポンジが食器の縁をなぞる音だけが台所に残る時間。テレビをつけると、夜のニュースでまた小さな子の事件が流れている。音量を下げても、文字情報が目に飛び込んでくる。私はリモコンを握ったまま、しばらく動けなくなる。

私とあの親と、何が違うのだろう。今日も五回目で声が低くなった。上の子の顔が、一瞬固まったのを覚えている。下の子は、私の顔色を読むのが上手になってきている気がする。三歳なのに、もう母親の機嫌を察している。それがいちばん怖い。

夫に話そうとして、やめた。「大げさだよ」と言われたら、自分の中の小さな警報がもっと聞こえなくなる気がしたから。実母に話そうとして、やめた。「あんたが神経質すぎる」と言われた過去が、まだ胸の奥に残っているから。私は自分の恐れを誰にも預けられないまま、夜の台所に立っている。

恐れを「悪いもの」として扱わない、という選択

サキ:第一章の最後で、アキさんが大切なことを置いていってくれましたね。「怖いと思える人と思えない人は立っている場所が違う」と。私ももう少し、その場所のことを話したいんです。

あなたが夜のニュースを見て胸が冷たくなるのは、共感の回路が働いているからです。子どもの側の痛みを自分の身体で感じ取れている。それは保護者として、最も大事な機能のひとつが生きているということなんです。

アキ:うん。でもさ、それを本人に「だから大丈夫だよ」って言うだけだと、たぶん届かないよね。本人は「いつか壊れるかもしれない自分」を見てるわけだから。「今は大丈夫」って言われても、明日の夕方が怖いままじゃない?

ケンゴ:同感だ。安心の言葉を重ねるだけでは根本は変わらない。むしろ恐れの正体を分解して、扱えるサイズにする作業が要ると思う。「虐待の側に行くかもしれない」という漠然とした恐れと、「今日、五回目で声を荒げてしまった」という具体的な事実は別のものだ。前者は未来の不安、後者は今日の出来事。同じ箱に入れて持ち歩くから重くなる。

サキ:ケンゴさんの整理、私はとても助かる視点だと思います。ただ──分けたあと、未来の不安のほうをどこに置いておくか。それが残るんですよね。

シオン:……お話を聞きながら、ひとつ思っていたことがある。あなたが「自分もそうなるかもしれない」と恐れる、その恐れは本当に「自分が壊れること」を指しているのだろうか。

むしろ「子どもを傷つけたくない」という願いが、裏返しの形で立ち現れているのではないだろうか。願いが強い人ほど、その願いが叶わなかったときの像を鮮明に描いてしまう。恐れの大きさは愛情の深さの別名であることがときどきある。

サキ:……。

アキ:……うん。なんか今、台所の温度が少し変わった気がする。

「警報」を消さずに、鳴らし続けるという技術

ケンゴ:シオンの言葉を受けたうえで、もう少し実務的な話をしてもいいだろうか。恐れを「愛情の裏返し」と理解できたとして、それでも明日の夕方は来る。私が提案したいのは、「警報を消さない」という考え方だ。

多くの人は、不安や恐れを「消すべきもの」として扱おうとする。瞑想で消す、ポジティブ思考で消す、忘れることで消す。だが、あなたの中の警報は消してはいけないものだと思う。それはあなたを、「怖いと思える側」に留めている装置だからだ。

サキ:消すのではなく、鳴らしたまま暮らすということですね。

ケンゴ:そう。ただし鳴りっぱなしだと人は疲弊する。だから警報の音量を調整する仕組みを、外側に持つ必要がある。具体的には誰かに、定期的に「今日の音量」を話す場を作ること。夫でなくていい。実母でなくていい。むしろ、評価をしない他人のほうがいい。

アキ:あ、それすごくわかる。家族って近すぎて、こういう話の受け皿にならないことあるよね。「大げさだよ」って言われたら、警報の音量が下がるんじゃなくて警報の存在自体を疑わされる。それがいちばん消耗する。

サキ:ええ。だから私は月に一度でいい、保健センターの保健師さんや子育て世代包括支援センターの相談員さんと、短い電話でいいから話す習慣を持つこと──それをおすすめしたいんです。「相談する内容がない」と思っても構わない。「最近、夕方がしんどいです」だけでいい。それは警報の音量を外の人に、一度預ける作業なんです。

シオン:……自分一人で抱えている恐れは輪郭がぼやけていく。誰かに言葉にして渡したとき、初めてその恐れに大きさが生まれる。大きさが生まれれば、置く場所も決められるのではないだろうか。

子どもの「固まった顔」について、もうひとつ

サキ:最後に、ひとつだけ。あなたが気にしておられた声を荒げたときのお兄ちゃんの「固まった顔」と、下のお子さんが「母親の顔色を読むようになった」こと。これについても置いておきたい言葉があります。

子どもは親が完璧でないことに傷つくのではありません。親が、自分の不完全さを「なかったこと」にしたときに、わからなくなるんです。声を荒げてしまったあと、少し時間が経ってからでいい。「さっき、強く言いすぎてごめんね。ママ、疲れていた」と、お子さんの目を見て言える親であれば、子どもは人は間違えることができる、そして間違えたあとに戻ってこられることを学びます。

アキ:それ、すごく大事な話だと思う。怒らない親が完璧なんじゃなくて、怒ったあとに戻ってこれる親が、子どもにとっての安全基地になるってことだよね。

ケンゴ:同意する。完璧な親など、構造的に存在しない。長期で見れば、修復の回数が多い親のほうが、子どもの信頼を得ているというデータもある(※)。

シオン:……壊れたものを、壊れたまま放置しない。その姿勢こそが、関係を保つということなのだろう。

第二章の置き土産

ひとつ。あなたの「私もそうなるかもしれない」という恐れは、消すべきものではありません。その恐れがあなたを、怖いと思える側に留めています。消すのではなく、鳴らしたまま暮らす技術を身につけることのほうが現実的です。

ふたつ。警報の音量を、定期的に外の人に預けてください。家族ではなく、評価をしない他人がいい。保健センター、子育て世代包括支援センターなど、月一回・短い電話でも構いません。「話す内容がない」状態で繋がっておくことが、いざというときの命綱になります。

みっつ。声を荒げてしまった日は、戻ってきてください。「さっきはごめんね、ママ疲れていた」と言える親であれば、子どもは「人は間違えても戻ってこられる」ということを学びます。完璧な親より、修復できる親であってください。

恐れの大きさは、ときに愛情の深さの別名です。あなたが今夜、台所で動けなくなったその瞬間にも、すでにお子さんへの愛情は働いています。

(※)親子関係における「修復(repair)」の重要性については、発達心理学者エド・トロニックらによる「Still Face Experiment」以降の研究系譜で繰り返し論じられているテーマです。ただし本章の記述は、特定の論文・統計を直接引用したものではなく、一般に知られた知見として参照しています。

※ご案内(再掲):お子さんへの関わりについて強い不安をお持ちの場合や、ご自身を責める気持ちが続く場合は、お住まいの自治体の保健センター、子育て世代包括支援センター、または「児童相談所虐待対応ダイヤル(189)」の「子育て相談」用途での利用もご検討ください。「189」は通告だけでなく、子育てに悩む保護者ご本人からの相談にも対応しています。

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